第3話 とまどい
たくさんの人が行きかう都会の真ん中、肩がぶつかりそうになって避けるのに必死だった。結愛は、すたすたと先に進む碧央を追いかけた。なかなか追いつかなくて、服の裾を引っ張った。
「ちょ、待ってください」
「……あ、悪い。前しか見てなかった」
「いや、その、一応。約束の相手なんで」
「約束ねぇ、何を取り交わしたか記憶にないけどさ。そんな堅苦しいのやめない?」
碧央は、ささっと進んでしまったことを申し訳なく思い、結愛の左手を握りしめて、自分のパーカーのポケットに入れた。
「これで迷子にもならないだろ」
いきなりの急接近に、結愛は少し頬を赤らめた。いつも適当にこなすはずが、不意に心を射抜かれた。いやいや、首を振って、頬をたたく。違う違う。この人じゃないってと言い聞かす。仕事と本気は別だ。これはお金のためと言い聞かす。
(あれ、でもこの人と契約の取り交わししていない。お金の要求とか言われていたかな)
「さっきから変な顔して何してんの?」
不安そうな顔をしたり、営業スマイルになったりと七変化の結愛の顔を見て、碧央は不思議そうな顔で見ていた。
「あ、いえ。失礼しました。大丈夫です」
「は? 何の話よ。今日は、ファーストコンタクトってことっしょ。楽しくいこうよ。まずはどこ行こうかな」
碧央は、思案顔の結愛の手を引っ張って、街の中に繰り出した。女子高生のたまり場のゲームセンターにふらりと吸い寄せられていく。結愛は、流れに沿うようについて歩いた。
「あのさ、一応、聞くけど」
「はい?」
「彼氏いるの?」
「今は、別にいませんが……」
「だよね。いる人がマッチングする必要ないもんね。聞いた俺が悪かった。いないならちょっとほっとする。石川さんってさ。こういうとこ来ない?」
「…………ごくたまに。リズムゲームします」
「へぇ、珍しいね」
「そうですか?」
素性を知られたくなくて偽名を使っていた。本名は石原結愛。マッチングアプリでは
学生たちでにぎわったゲームセンターで、もふもふの可愛いぬいぐるみのUFOキャッチャーにひかれて、何度も挑戦する。いつの間にか、3000円つぎ込んでいた。やっとごろんと取り出し口に落ちて来るとすぐに、和俊は、紡に手渡した。
「今、もふもふ流行ってるもんな。癒し系」
「あ、ありがとう」
「いーえ」
取ってと言われたわけじゃなくてもすぐプレゼントしてくれる和俊にきゅんと感じた瞬間だ。今までどれだけ男運に恵まれていなかったのかとがっかりする。さりげない優しさが胸につきささる。
(だめだだめだ。彼氏なんかじゃない。こんな不純な関係から始まりたくない!)
そう思いながら、いつものコースできらきらとライトが光る部屋に入った。お高めのカップ麺が入る自動販売機。お姫様のベッドのような天蓋もある。ちょっと気が早かったかなと思いながら、左腕をさすった。
「ちょ、見て。なつい! ジブリやってるし」
突然、ぽちっとテレビの電源をつける和俊が、新鮮だった。こどもっぽいあどけない感じが気持ちをやわらげる。男の人は結局、お金払ってやれるだけやれたらいいと思う人が大半だった。そもそも出会う人が良くなかったかもしれない。お金だけ置かれて、愛の言葉を発しられても本物じゃないって思っていた。お金が満ちても、心は空っぽのまま過ごすことが多かった。一生、彼氏なんてできないだろうと感じ始めていた。きっとこの人も体目当てなんだろう。やることやったら、離れていく。ワンナイトラブでいいって思っているんだ。そこに愛があるかなんて確かめる必要はあるのか疑問さえ感じる。
結局、相手のペースに任せて、体をゆだねた。どんな会話を交わしても結局そうなんだとがっかりする。仕方ない。生きていくためにはそうするしかないんだ。
いつの間にかうつ伏せ寝で眠ってしまっていた。朝焼けの空に、1羽のスズメが飛び立った。ライトが付いたままのホテルの一室。好きでも無い男と一緒に夜を過ごした。本当の名前も職種も知らない。きっと偽名だ。今流行りのマッチングアプリで知り合った。本音はこんな生活は早くやめたい。でも、今の生活には、必須な行動だった。パパ活はやめられないと思っていたが、今回出会った人はお金のことを一切触れなかった。むしろ、おごってくれることが多かった。むしろ、それに違和感を覚える。
あえて、お金を受け取ることはしないで隣で寝ている彼を横目に服で着替えて外に出た。
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