第4話 表と裏の顔

 目が覚めると、窓から差し込む光がベッドに伸びていた。隣にいたはずの彼女がいなかった。ここにあったぬくもりはどこに行ったんだろうとシーツの上を右から左へワイパーのように意味もなく動かしてみる。冷たかった。


「今度こそはうまくいくと思ったのに……。俺じゃダメなのか」


 洗面所の鏡に顔をうつして、両頬をたたく。イケメンとかかっこいいとか、彼女は全然興味を示してないようだった。顔は関係ない。でも、行為の時の動きは半端なく慣れてた。男を喜ばせることに長けているのかと想像する。勝手な思い込みはいかん。聞きもしないで判断するのはよくないと言い聞かす。


「俺、メだ!」

 

 大きな独り言を自分しかうつってない鏡に叱る。


「もう1回したかったなぁ……」


 そんなことを考えつつ、ベッドの上に脱ぎ捨てた黒ワイシャツに袖を通して、白パーカーを羽織る。ヴィンテージウォッシュデニムパンツに足を通した。彼女と手を繋いでいたのがつい数時間前なのに懐かしく感じる。


 誰もいないホテルの部屋を出る。出入り口の自動支払い機の会計はもちろん、碧央の負担。分かっていたが、財布の中も寂しくなっていく。また会うことはあるのだろうかとスマホのアプリをチェックするとブロックがかかって、連絡が取れなくなっていた。碧央は舌打ちをして、人々が行き交う街の中に駆け出した。1人でいても寂しくない感覚を忘れないようにあえて、人混みに向かう。


 結局は集団の中の孤独に陥り、寂しさが一層増す。歩行者用信号機の音が響いていた。



◇◆◇


「いらっしゃいませ」


 仕事用の営業スマイルで石原結愛は、お客様対応をしていた。大学の講義が終わるとすぐに駆けつける。急いで行かないとマネージャーに注意されて、シフトを増やすよという冗談を言われていた。学生なのだから、自由にシフトを入れられるわけじゃない。遅刻しないようには気をつけている。夕方の数時間のファストフードと夜にはマッチングアプリで知り合った体目的の人とパパ活で生計を立てていた。偽名を使い、自分の心を押し殺して、お金さえもらえればいいのだと言い聞かせる。もうその方法しか思いつかなくなった。両親は上京した際に縁を切ったも同然。住所も教えていない。ある意味、身寄りもない。実家の連絡先も他人に教えない。アパートの大家さんも知らない。1人で何とかしなくちゃいけないと奮い立たせるにはこうするしかないと思っていた。病気にはならないようにと婦人科に通ってピルを毎月処方してもらい、妊娠しないように防いでいた。出会った男性にゴムをつけるようお願いしても良心的に使う人は少ない。ごくごくまれだった。


 そんな日々を過ごしながら、週5日はお金稼ぎに没頭した。


「あー、えっと、ハピネスセットください」


 明らかに子供では無い青年が言った。年齢問わず人気なものだ。おもちゃ目的で購入するお客様もいる。年齢的には子供向けだが、大人も購入可能だ。


「おひとつでよろしいですか?」


 結愛は笑顔で対応する。


「はい、ひとつで。あれ、きみって……」

 

 レジスターを画面を見ていた結愛は、顔をジロジロと見られていることに気づかなかった。お客さんの顔を見つめて、ハッと顔を隠すように後退して、注文した商品を取りに行った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る