第28話 穴を埋めたい心

お昼のチャイムが流れた。

裸のままベッドの端の方、碧央は、床に落ちたスマホを取ろうとふとんをよけて拾った。ボクサーパンツとスエットパンツを履いて、ベッドの上に乗ったシャツを着ようとすると、目をこすりながらこちらを見る女性がいた。


「え、望美?! なんで? マジで?! えっと……ここってどこ? 頭痛いなぁ」

 碧央はベッドの上にいる女性が結愛じゃないことに迷乱する。望美は、ふとんで裸を隠してにやにやしている。


「えー、ちょっと、私じゃないと思ったのぉ? 嘘でしょう」

「…………ちょ、静かにして!!」


 突然、スマホを耳にあてて、電話をかけようとする。相手は着信があった結愛だった。自分がここにいることに腹を立てた碧央は、部屋をぐるぐるまわりながら、タンタンと足を軽く鳴らす。貧乏ゆすりのような癖があった。10コールした頃に通話時間が表示された。結愛が出たのだろうと声をかけるが返事がない。


「……結愛? 今どこにいる?」

『……碧央?』

「今、家にいた?」

『うん。家にいるよ』


 碧央は、ソファの上に置いていたジャケットを羽織ると、片手スマホに玄関に向かう。結愛の声が聞きたくて、ずっと耳にスマホをあてていた。帰ろうとする碧央に望美は着いていった。慌てて着た白いワンピースが揺れている。碧央に手をのばしたが、遅かった。碧央は、後ろを振り向くことなく、玄関の扉を開けて外に出て行った。望美は一人になった部屋が急に寒くなった気がして、寂しくなった。ぺたんと膝をついて座る。ぎゅっと自分自身を抱きしめた。


「もっと一緒にいたかったのに……」


 外階段のおりる音が響いた。結愛との電話を終えると、壁をがんっとたたきつけた。


「なんで、俺は結愛と望美を間違えるんだよ。バカか、俺!! 飲みすぎだ。ちくっしょ……」


 秋晴れの空を眺めながら、気持ちは裏腹に碧央は結愛のアパートに向かった。


 この出来事が最大級に後悔することになるとは夢にも思わなかった。


◇◇◇


 窓際の棚に置いていたゲージの中では小さなジャンガリアンハムスターが回し車の下で昼寝をしていた。ひまわりの種の餌と給水機に水を補充をして、ゲージの中をお掃除した。隣では観葉植物が生き生きと育っている。霧吹きで水をかけた。


「もう、お昼だなぁ。お腹すいたなぁ……ペットには餌あげて、自分の食事忘れてたなぁ」

 ソファに座って、スマホで碧央からの着信時間をチェックする。


「いつになったら、着くのか聞くの忘れたなぁ。お昼ごはん何作っておこうかな」

 結愛は、ぼんやりしながら、キッチンにある冷蔵庫を開けると同時に玄関のドアが開いた。


息が上がった碧央が、慌てて中に入ってくる。結愛をバックハグした。


「入ってきてすぐぅ? 急だねぇ」

「……会いたくなった」

「え? ん? ちょっとぉ」


 さっきまで刻まれた記憶を消したくて、後ろから顔を近づけて、ディープキスをする。もう歯止めがきかない。結愛のお腹がさっきからぎゅるるると変な虫を飼っているような音がした。恥ずかしくなって、碧央の体をよけようとするが、剝がれない。


「ねぇ、碧央、力強い!」

「やだ」

「何が?」

「離さない」

「やめてよ」

「なんで?」

「今は、お腹すいてる!!」

「その前に心満たすから」


 ソファにじりじりと体をすり寄せたが、拒絶される。


「なんでだよ!」

「今はご飯食べたい!! 性欲より食欲!!」

 バシッと結愛は、碧央の頬をたたいた。目を大きくさせて、驚きながら


「お、おやじにもたたかれたことあるのに!!」

「あるの?」

「うん」

「いや、それ、何かの真似だよね」

「あ、ばれた?」

「うん。わかりやすい」

「たたかないでよ」

「だって、しつこいんだもん」

「……知らないおっさんは受け入れるのに?」


 ボソッと言わなくていいことを冗談まじりで言ってしまう。一瞬、その場が凍り付いた。


「…………悪い。言い過ぎた」


 結愛は何事もなかったようにキッチンに戻って、冷蔵庫を開けた。碧央は、ソファの上で大きいクッションの中に顔をうずめた。余計なことを言ったことに後悔した。


窓の外では大粒の雨が降り出していた。





 

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