第41話 感情的になってしまう

「石原結愛さん、入りますよ」

 

 朝の検温時間。生まれたての息子のため、必死に母乳をあげようと搾乳機で搾り取ろうとするが、なかなか出てこない。結愛は、イライラし始める。


「母乳どうですか。検温しますね……帝王切開だと、自然分娩の方と比べて直接母乳を与える回数が少ないので、出すまでに時間かかるんですよね。それは誰でも同じですので、焦らず頑張っていきましょう。無理せず、ミルクちょっとだけ足しましょう」

「……母乳で頑張りたいんですけど、ダメですか。母から、頭の良い子に育てるには母乳の方がいいって聞いたことがあって」

「まぁ、それは、統計上の話であって個人差ありますし、何より親子の絆が一番に最優先されますから2人の息が合う形で行きましょう。無理せずに。術後で体の負担もありますからね。はい、体温測ってください」

「…………」


 結愛は、苦虫をつぶすような顔をした。ご不満だ。なおさら、ホルモンバランスも崩れている。イライラがとまらない。近くに碧央もいない。担当看護師の佐々木はため息を漏らす。


「今は、集中治療室でお子さん頑張ってますから。私たち看護師と医師に任せてください。お2人の体調が落ち着いたら、母乳とミルクの調整やっていきましょう」

「……はい」

 納得いかない顔をして、返事をし、体温計を渡す。


「何か気になることはありませんか」

「お腹……空きました」

「ははは、元気な証拠ですね。それはよかったです。まもなく、朝食が来ますからしっかり食べてくださいね」

 看護師は、サマリーを記入すると、ささっと病室を出て行った。窓の外を見ると、結露でぬれていた。碧央が、病院のコンビニで買ったおにぎりをもって帰ってきた。


「ただいまぁ~。ほら、デザート買ってきたよ。結愛の好きなミルクレープ」

 いつもご機嫌になるはずのスイーツが今日は何の効果もないようだ。碧央は不思議そうに顔を覗く。


「どしたん。浮かない顔して……。息子の顔を見てきたけど、いい顔していたわ。あれはイケメンになるわな。俺みたいに」

「……何よ。人の気も知らないで」


 センチメンタルな結愛は、布団の中に潜ってしまう。碧央は何をどう落ち込むことがあるのかと疑問符を浮かべた。碧央は、プリンのふたを開けて、ぺろんと食べた。


「あ、そういやさ、さっき看護師さんに出生届出してくださいって言われたけど、母子手帳ってあるの?」

「…………」

 結愛は、無言のまま、ベッドの横のバックから母子手帳を出した。そっとテーブルの上に乗せて、またすぐにふとんに潜った。まるで、反抗期の中学生のようだった。


「これね。これを区役所に出せばいいんだよな……え? これ、名前書いてるけど誰よ」

 

 ペラッとめくると、両親の名前の欄に結愛の名前の他に男性の名前が記載されていた。そのことを忘れていた結愛は、慌てて碧央から母子手帳を奪おうとしたが届かなかった。ひょいっと空中に持ち上げていた。


「ちょっとぉ!! 返して!!」

「ねぇ、なんでよ」

「いいから。返して!!」

「説明してくれないとわからないでしょう。俺、父親になるんじゃないの?」

「…………」


 話すのを諦めた結愛は、母子手帳を取り返すのもやめた。ベッドにまた横になった。


「そうやって、面倒になるんだ。ひどいなぁ。本当のこと話してくれないわけ」

「別に。碧央じゃなくてもいいよ」

「は? どういうことよ。ここに名前書いてるやつは今いないじゃんか」

「そうね。いないけど」

「言ってること矛盾してるぞ」

「保険、かけてた。碧央が来ないかもしれないって思ってたから」

「……は?! 保険? 俺が父親じゃないことを隠すつもりだったのか?」

「…………」

「信じらんねぇ」

「だから、無理に良いって。父親面しなくても。どーせ、私のことなんて好きでもなんでもなかったんでしょう。ほかにもたくさん彼女いるものね……もう、放っておいて」


 結愛の目から涙があふれ出る。枕を無意識に碧央に投げつけていた。情緒不安定だった。碧央は、ここは冷静に話せないなと考えたため、静かに病室を出て行った。お互いに落ち着いた時に会話しないといけないなと感じた。結愛は見捨てられたかと思って、また止めどもなく涙が出た。気持ちは裏腹だ。そばにいてほしいのに、思いはすれ違っている。ふとんをぎゅっとにぎってまた眠りについた。体は正直でお腹はぐーぐー鳴っていた。


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