第43話 想いとは裏腹へ
退院日に結愛は病室の荷物を片付けていた。無事体調もよくなり、子供はまだ延長で入院中だったが、先に母だけ退院ということになった。 NICU(新生児集中治療室)の保育器にまだ酸素吸入をつけている我が子がいる。
「石原さん、
「本当ですか。本当は抱っこして飲ませてあげたいですけどね。まだ体重も小さいですし難しいですかね」
「あ、抱っこくらいなら大丈夫ですよ。今日、退院ですもんね。会える時間も少なるなりますしね」
小児科病棟入院担当看護師の
「ご、ごめんなさい。今はまだちょっと……」
「そう? お母さん。喜ぶと思うんだけど」
菊池は、抱っこした洸が母である結愛が来たことに気づいたかどうかはわからないが、大きな声で泣き始めた。リズムをとって、子守歌を歌う。近くに置いていたCDFオーディオからはオルゴールが流れる。
「ごめんなさい。わずらわせて……」
「ううん。大丈夫ですよ。元気になったら、きっと抱っこしてあげてくださいね」
「……はい」
結愛は、手を振って、その場から立ち去った。不甲斐ない自分を責めた。どうして、すぐに抱っこができないのか。母として自信がなくなっていく。
病院の廊下をすすり泣きながら、進むとラウンジに座っていた碧央に会った。今は話したくないと感じた結愛は黙って通り過ぎようとする。
「結愛!」
慌てて、追いかけてくる碧央に履いていたスリッパの音がぴたりととまる。
「…………」
「今日、退院なんだろ。荷物、持つから」
後ろから左に持っていた大きなバックを有無も言わさず、持っていく。何の解決もしていない。余計なことをしてほしくない。結愛は、気持ちが落ち着かなかった。玄関まで何の言葉を発することなく外に出た。駐車場には、見たことのある乗用車がとまっていた。運転席からスーツを着た男性がこちらに向かってくる。左腕にはキラキラと光る腕時計がある。
「荷物預かります」
その一言を碧央に声をかけたその人はいつか結愛と一緒に車を乗っていたのはパパ活で太客だった坂本敏彦だった。サラリーマンでバリバリ仕事してるぞという雰囲気に見えた。背筋がピンとしており、前会った時よりスマートな体形になっていた。
碧央は、流れに沿って拒否をすることができなかった。きっと結愛はこの人と一緒になるんだろうかと不安になる。自分はまだ大学生でバイト代しか稼げてない。このままでは子供なんて育てられない。例え、血のつながりがあってもお金持ちと人と結ばれた方がいいだろうと判断した。結愛は、不安を抱く。碧央の本当の気持ちを知りたかった。まだ遺伝子検査の結果は出ていないが、お金よりも一緒にいたい人がいる。心の拠り所は碧央と思いたかった。でも、逃げ越しの態度の碧央に自信がなくなる。助手席のドアに誘導されると、そのまま結愛は乗っていく。碧央の寂しげな視線を感じながら、車は病院の外へ進んでいった。高級な外国製の青い乗用車が交差点を走り去っていくのが見えた。
見送った碧央の背中では、冷たい風が通り過ぎて行った。
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