第9話 辛抱強く続ける

「このチキン南蛮弁当を1つください」


 ケータリングのお弁当を注文して、ほかほかのチキン南蛮弁当を買った。お腹が不意に大きな音を鳴らす。今日も1人でが学食でまったりランチタイムを過ごそうと思っていた結愛の後ろを、ズボンのポケットに手を入れて、静かについて来るのは碧央だった。ざわざわと学食が騒がしくなる。いろんな女性に手を出してきた碧央は大学で目立つ存在だ。今日は誰の横に座るのかと周りの生徒たちはジロジロと見つめる。結愛はそんなこと全然気にしない。むしろ気づかれたくなくて、逃げたい一心だ。端っこのテーブルがあいていると気づくとすぐに席に着こうとした。椅子がずずっと音が出る。結愛の向かい側の席に碧央が座った。


「ここ、座っても良い?」

「空いてる席はここじゃなくても……いっぱいありますけど?」


 碧央はやっと結愛の声が聞けてニヤニヤしていた。嬉しくなって、頬杖ついて結愛の顔を見る。


「俺、何も食べなくても見てるだけで腹いっぱいかも」

「……………」

 結愛は何も言わずに、お弁当のふたを開けて、手を合わせた。割りばしを丁寧に割って、チキン南蛮も食べ始める。バックにほうじ茶が入ってることを思い出して、テーブルの上に置いた。


「お? ほうじ茶飲むんだ。俺、伊右衛門派。そっちは生茶派ね」


 碧央もくたくたのバックからほうじ茶ペットボトルを取り出して見せつけた。お揃いの飲み物にテンションが上がる。予想外に急接近できて毎日が楽しくなる碧央だったが、結愛にとっては迷惑だった。ワンナイトで終わる予定の関係が大学が一緒で毎日顔を突き合わせる関係になるなんて思いもしなかった。無性に背中がかゆくなる。そわそわしてくる。碧央は、大学に通うのが楽しくなってきてわくわくした。

 まず大学に着いたら、何をするか。どこに結愛がいるのか探すアクションが朝から始まる。講義室に座る席は自由。受ける科目も選択科目だったが、たまたま一緒であることが後から判明する。宝探しをしているようで面白い。結愛に嫌な顔をされようとも懲りずにやる。特に何をするわけでもない。ただ目を合わせて、笑い手を振る行為。それを毎日、1回はやっていた。顔を覚えられるように、迷惑にならない程度に。そうしたら、きっと何か気づいてくれるんじゃないと思っていた。まだ、話しかけない。近寄るまで待つ作戦だ。片想いをしたことない碧央にとってそれが一番いいじゃないかと勝手に思っていた。


 毎日同じ行動を1か月し続けて、ぴたりとやめざる得ない出来事が発生する。

 それは碧央に興味ない素振りをしていた結愛にとっても寂しさを感じていた。


 


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