第7話 付き合うきっかけは好きになってくれたから

 時々笑い声が起こるユニークな社会学専門の三上教授は、残念そうに講義室を退室する。生徒たちは昼食時間のため、食堂へ移動する。結愛は、席を立ちあがると、殺気立った碧央の視線には気にしないようにした。碧央は、結愛に無視されていることに腹が立って仕方なかった。ため息をついて、うなだれる。窓の外を見ると、ぽつぽつと雨粒でぬれている。午後は雨予報だったことを思い出す。


 結愛は碧央に顔と名前を覚えられていることに悔しくなった。

どんな人に対しても今までそう言うことが起きないように職業欄もでたらめのはずだ。結愛は一目散に講義室から姿を消す。

 碧央は三郎と義春にからかわれながら、食堂に移動した。どさくさ紛れで結愛の姿を追いかけることができなかった。食堂までの廊下はたくさんの生徒たちでごった返していた。


碧央から逃げるために走ってトイレの個室に駆け込んだ。まだ鼓動が早い。化粧室ではギャル系の生徒たちでいっぱいになっていた。結愛は、手洗い場で化粧直しをした。深呼吸して、頬に気合いを入れて、外に出ると、男子トイレから出て来た碧央と鉢合わせした。


「おっと……」


 思いがけず、ぶつかりそうになった。 会いたくなかったのに会ってしまう。碧央は少しでも近づくことができて嬉しかった。結愛は少し後退して逃げるように走って行った。その姿を見て、ふっとため息をつく。後頭部をがりがりとかいた。


 講義と講義の間の休み時間。数台の自動販売機が並ぶラウンジにて飲み物を買おうと碧央は、ポケットに手をつっこみ、品定めをしていると、横でミルクティのペットボトルを買っている結愛を見かけた。碧央は手を振って声をかけるが、結愛はどんなに声をかけられようが、目を合わせようとしなかった。上げていた手をおろして残念がる。今まで、会ってきた女子にされたことない仕打ちにショックだった。好かれるってことに苦労しなかった碧央にとって、悲しかった。逆にその不審な行動の結愛に目が無意識に向けられていた。片想いの壁に初めて立った。

 

 美容院でパーマをかけ、高身長のイケメン顔の碧央に彼女は困ったことはない。告白されることがほとんどで、断ることもしない。それでも付き合ったら、途中で好きな人ができたと彼女に振られることもしばしば。今回みたいに自分から好きになることはめったになかった。



◇◆◇


「碧央! 聞いてる?」


 名前も覚えていない彼女が話の途中で聞いてくる。碧央は、大学の中庭のベンチでその彼女と隣同士座っていた。いつから付き合いはじめたとか記念日はと細かく言われるともうどうでもいいじゃないと感じてしまう。付き合うって、好きになるってどういうことなんだろうと悩むこともある。片想いになる人を見つけた碧央は、付き合いはじめた彼女を大切にできなかった。ラインが来ても既読スルーすることもある。デートもドタキャンにして台無しにする。名前をすぐ忘れて、違う名前を呼ぶこともあって怒られた。怒られても、話している途中で大学の講義室まで続く廊下を1人歩く結愛を目で追いかけていた。


「なに? 何か言った?」

「碧央は、私の話全然聞いてないよね!? もう付き合いきれない」



 突然、彼女に頬を平手打ちされた。大事にしなかった代償だ。あんなに好きって言ってた彼氏をこんなに強くたたくんだと悲しくなった。本当に好きだったのだろうか。女性のことがわからなくなる。




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