ずっと前から茜色の空をきみと一緒に見たかった

もちっぱち

第1話 信号機の余響

 街の喧騒に耳が痛くなる。ここは東京都渋谷区のスクランブル交差点。たくさんの人が行き交っている。観光で来た爆買い中国人の家族が殺到する。日本のカレーを学びに来た飲食店で働くインド人。路上ライブでこれから売れてやると意気込むアーティスト。付き合い立てだと言うのにべったりと寄り添うカップル。熟年カップルの旅行客。こんなにたくさんの人がいるというのに、心はいつでも孤独で満ち溢れていた。


 とあるアパートのベランダで、紙タバコを1本ふかした。電子タバコに変えるからあげると言われて、もらった紙タバコ。本当は自分自身も電子タバコだったが、久しぶりに入れる濃厚な煙はやけに肺を痛みつけた。2,3度咳こんでしまう。風が冷たい。


「ねぇ、碧央、今日って一緒にご飯食べられる?」

 

 上半身裸の名前も知らない彼女は薄いふとんを体にかけて聞いて来る。なんで、この人といるんだっけと疑問を持つ。


「え?」


「話さ、聞いてないでしょ」


「……うん」


「バイトは?」


 大学で知り合ったのはうっすら覚えているが名前がひとつも出てこない。好きだと告白されることはしょっちゅうあった。自分で選んだわけじゃない。成り行きで様々な彼女と過ごす。そんな日々を繰り返し過ごしていた。


「知らない」


 どこまで自分の個人情報をさらしたかさえ、忘れてしまうほどだ。


「ちょっと!! 待ってよ」


 無意識に開いたマッチングアプリを開いて、めぼしい人を探す。目の前にいる彼女には本当は興味もない。映画鑑賞とカラオケが趣味と書いてあった。顔はごくごく普通で黒髪のロングストレートを靡かせていた。昔、流行ったホラー映画の主人公に似ているんじゃないかと想像するとくすっと笑いがとまらない。ついつい面白そうとチェックリストに入れてしまう。


「何、見てんのよ!!」


 バシッとスマホを持つ手をたたかれる。ゴロンと床にスマホが落ちて、何も言わずに碧央は拾った。彼女は横でずっとイライラしてる。


「もう、帰る!!!」

「はいはい。どうぞ」

「な?! やるだけやってその態度? 最低!!!! 最悪だわ!!!」


 スマホだけじゃなく、頬をバシンとたたかれる。そんなの平気だった。痛くもかゆくもない。別に欲求を満たしたいわけじゃない。相手の都合に合わせて行動したまでだ。言われるがままにしただけで、いつもこんな態度になる。女ってマジわからないと感じる。顔が良いからと言い寄られることはあるが、自分自身の気持ちなんて聞かれたことは一切ない。自己中心的な女ばかり。暇だから断る理由も見つからないだけ。それが嫌ならやめればいい。そう思っていたが、だんだん好かれるより誰かを好きになる方がいいんじゃないかと考えなおす。


 バタンと勢いよくドアが閉まる。名前も知らない彼女は、怒りをあらわにしながら出て行った。別に執着はない。来るもの拒まず、去る者追わずだ。


アパート近くの交差点で歩行者用信号の音のカッコウが鳴り響いていた。


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