第31話 碧央の心の揺らぎ

 歩道を歩きながら、ポケットに入れていたスマホのバイブが鳴り続けた。3コール目に鳴った頃に通話ボタンをタップした。


「はい、碧央」

『碧央? ちょっと聞いてほしいって言ってたのに、無視したでしょう。ラインも既読スルーだし……』

「え、そうだったかなぁ。もう、俺、今から大学行ってお勉強なんで、先輩に構ってる暇ないんすよ、あれ、電波が……?」


 バリバリ都会のド真ん中で満タンにネットが使える場所で電波が切れそうだと嘘をつこうとしたら、佐々木望美は大きな声で電話越しに叫ぶ。


「え? 今なんて言った?」

『だから、妊娠してるの!』

「は? 誰の??」


 目の前に通るトラックがクラクションを何度も鳴らして通り過ぎていく。横断歩道の信号機が青になっても、碧央は進まなかった。望美の言ってることがわかりなかった。理解するまで、ショート寸前。ロボットになった感覚だ。確かにあの時、男たるもの、女性を守る大事なものをつけ忘れたような気がする。一夜の過ち。結愛と勘違いしたあの日のせいか。その場にしゃがんで、頭を抱え込んだ。冷や汗が流れ落ちる。今まで、こんな失敗したことないのに、まさか起きるなんてと自分を責めた。頭をワシャワシャとかきむしった。


「碧央? 何してんだよ」


 義春がバックを背負い直しながら、しゃがむ碧央の背中を撫でた。碧央は顔を見上げて、義春だと気づくと後頭部に手をまわして、久しぶりに出会った恋人のようにハグをした。


「おい!」

「ヨッシー。俺の心の友!」

「都合がいいなぁ。いつも女と一緒のくせにこういうときばっかり」

「そんなこと言うなよぉ。親友だろ?」

「……それは否定しないけどなぁ」

「だよな、だよな」


 碧央は義春の肩に乗せて、ようやく横断歩道を渡った。目の前は大学の校舎だ。


「真面目に勉強しろ。大学は勉強するところだろ」

「それは知ってるわ。俺は、それ以上に人生のターニングポイントに立たされてるわ」

「は? なんのことだよ」

「男の責任って大事だよな」

「……あ、ああ。まぁ、昔からよく言うけどな。でも、まぁ、女性のオス化現象で絶対男が責任ってじゃない場合もあるかも?」

「え。本当?」

「いや、語弊がある。男が基本だよな」

「……わかってる。わかってるよ。俺がしっかりしないといけないんだよな」

「なぁ、碧央、一体何があったんだよ」

「ヨッシー、お昼休みにしっかり聞いてくれよ」

「あ、ああ。わかったよ」


 歩行者信号機の音が響いていた。2人は酔っ払いのサラリーマンのように肩を組みながら歩いた。

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