第14話 記憶喪失ではなく、元々覚えられない
「あんた、誰?」
病室のベッドの上、碧央は、横に立つ女性に話しかける。それは、交通事故にあった時のかなり心配していた彼女に向かって話す。その近くで聞いていた母は大きな口を開けて驚いていた。
「碧央?! 忘れちゃったの? 私の事。まさか、事故で記憶喪失?」
(そもそも、事故以前に名前覚えてない。本当のこと言っただけなんだけどな)
碧央は本当のことを恐れて言えなかった。
「碧央、あんた、心配してくれた彼女の名前忘れるってどういうことよ。薄情だねぇ……本当にひどいよ。ねぇ」
「あー、いえ。でも、事故で頭打ったから記憶が飛んじゃうってこともあるじゃないですか。私は会ってからまもないし、そういうこともありますよね」
「あら、まぁ、何とも寛容なのねぇ。こんな優しい彼女がいるなんて、あんたにはもったいないわね」
「うっせーよ……覚えてないだから仕方ねぇだろ」
包帯を巻かれた頭をおさえて、碧央はふて寝する。彼女は、気持ちを切り替えて、手をパンとたたく。何かをひらめいたようだ。やけに楽観的だ。
「もし、よければ、何か食べ物買ってきますか? お母さま、ずっと看病してて何も食べてらっしゃらないのでは?」
「あらあら、よく気が付いて……実はそうなのよ。救急隊の方から連絡あってから慌てて出て来たもんだから全然食べ物を食べられなくて、コンビニにでも行って買ってきましょうか。碧央は、病院食あるから大丈夫ね。さて行きましょう」
碧央の母親は名前も知らない彼女と仲良く、病院内にあるコンビニへ買い物に行く。ふぅーっとため息をついて、スマホ画面を見る。いつかのマッチングアプリの結愛のプロフィール欄をチェックしていた。もう彼氏としてなる見込みは少ないかもしれないのに結愛の写真を見て心満たしていた。結愛に何にもすることができないもどかしさが頭をよぎる。このまま医者の治療により、1ヶ月は入院しないといけないらしい。結愛にちょっかいをかけることもできないと思うと、枕を濡らしてしまう日々が続いた。
碧央の脳内は結愛一色になっていた。
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