第43話 美談

 気を失った保坂が目覚めたのは、清潔な病室であった。

 

「ここは……一体」


 お約束のセリフで保坂は目覚めて、辺りを見回すが、訳が分からなかった。

 奇妙な研究所の研究室に、長沼と天宮と一緒に閉じ込められた。長沼のあまりの迫力に怯えて倒れたのだ。

 個室病室らしく、他に入院患者はいない。ただ静かな空気が流れている。


「ああ、目が覚めましたね。先生呼んできますね」


 巡回に来た看護師が、にこやかに応対してくれる。

 先生……この場合の先生は、議員ではなく医師のことだろう。

 穏やかな気持ちで、保坂は『先生』を待つ。

 良かった……何がどうなって閉じ込められたのかは分からないけれども(注:松子とシュガーたんの、長沼と天宮をラブラブにしてみよう計画に巻き込まれました)、どうやら無事に出られたようだ。

 あざらしの飼育を手掛けて真面目にやって来て、ほんの気分転換から始めたギャンブルにのめり込んで、止められなくなった。そして、水族館の閉園。愛しい大福との涙の別れ、失業、借金、離婚、路上生活……考えれば、考えるほど、我が身に起こったことは、天罰であると言う気が、保坂はしてくる。

 そして、自分への天罰に、可愛い大福を巻き込んでしまった。保坂の目には、後悔の涙は浮かぶ。


「良かった! 意識が戻られたようですね」


 先生は来た。

 医師と共に現れたのは、長沼と天宮、そして新聞記者と名乗る男達数名だった。

 ……心臓が……。

 急な動悸に襲われて、保坂の顔色は悪くなる。

 

「きゃあ、タモツさん!」

「大丈夫ですか? 皆さん、お静かに、インタビューは少しにして下さいね」


 ここはドクターストップをすぐさまかけて欲しかった保坂であったが、医師は容赦ない。朦朧とする頭で、何とか「はあ」「へぇ」と返事すれば、隣から長沼と天宮が何やら口添えして……それで、インタビューとやらは完了して、勝手に写真を撮って、新聞記者達は帰っていった。


「良かったわぁ! タモツさんが無事で!」

「本当ですね。心配しましたよ」


 にこやかな長沼と天宮。おそらく、保坂を助けてくれたのだろう。この病院に運んでくれたのは二人なのだろう。

 だが、怖い。

 なぜ、こんなに上機嫌なのか。

 保坂には、それが分からなかった。


◇ ◇ ◇


 あざらし幼稚園の控室。

 松子がテレビを観ていると、見知った顔が出てくる。


「あ、保坂さんだ」


 担架で運ばれる保坂を長沼と天宮が付き添っている。


「はい、視察先の研究施設での事故で、お一人体調を崩された人がいて、長沼さんと天宮さんが協力して助け出したのだそうです」

「素晴らしいですね!」

「ええ、選挙期間中の忙しい時期にも関わらず、お二人共スケジュールを放り出して人命救助を優先されたようです」


 アナウンサー達が、画像に合わせてそんな話をしていた。

 長沼と天宮が、鍵の壊れた研究室から献身的かつ英雄的決断の連続で、協力しあって保坂を助けたという感動ストーリーが語られる。


「え、そんな話だっけ?」


 松子とシュガーたんで閉じ込めたのだ。

 そんな話なわけがないのだ。

 防犯カメラの画像には、いがみ合う長沼と天宮が映っていた。

 もちろん、倒れた保坂を助け出した時には、長沼と天宮は協力しあっていたが、そんな美談が転がっていたとは、今、初めて知った。てか、鍵は慌ててシュガーたんが開けたし、どこに献身と英雄的決断が転がっていたのか、松子にはさっぱり分からない。


「こっわっっ! メディアこっわっ!」


 いや、怖いのは、メディアではなく、長沼と天宮かもしれない。

 松子は、捻じ曲げられまくった事実に背筋が寒くなった。

 






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