第17話 何とか話を引き延ばして
『厚生福祉施設』……。
大雑把すぎる名称に、松子は岩太郎がこのあざらし幼稚園を世間から隠したいのだということを察する。
「中を視察して、どのような施設かを確認させていただきます」
長沼の言葉に、どう対応しようか松子は迷う。
返答に困っていると、タブレットがブルブルとスヌーズ機能で震えて松子を呼ぶ。ソルト君が呼んでいるのだ。画面を見れば、『話を引き延ばせ、天宮を呼んでいる』というソルト君からの指令が飛んできている。
有能AI ロボットソルト君の判断は、松子より早い。
『大福が行き場を失くしたら可哀想だろうが!』というソルト君のメッセージ。そうか、この施設のことが長沼にバレれば、大福が困るのかと、松子は理解する。
「早く案内して下さらない?」
イラつく長沼に松子はどうしようかと悩む。
「ええっと、この施設ですが、そのままではお入りになってもらうことが出来ません」
「どうしてよ? 厚生福祉施設でしょ?」
「……どうしてって、言われても。どうしてでしょうね~?」
松子は「はは~!」と誤魔化した笑いを浮かべる。
明らかに挙動不審な松子の様子に、長沼がますますイラつく。
「ちょっと、どういうつもり?」
「どういうつもりも何も、当施設は、そういう施設ですから……ええっと、そう! 安全のためにも、手続きがございます!」
安全のための手続きとはなんだ? 松子は、その場で思いついた嘘を嘘で塗り固め、嘘の一夜城を築き上げて、長沼を迎え撃つ。
しかし、相手は舌戦では百戦錬磨の一騎当千の強者の長沼である。
松子の嘘一夜城は、長沼の前では泥城に過ぎないのであった。
「そんなわけないでしょ。厚生福祉施設なんだから」
軽く一蹴されてしまった。
松子を無視して建物に向かおうとする長沼を、松子は必死で止める。
「きゅいいい!」
長沼が施設の扉を少し開けたところで、中から大福の鳴き声が聞こえる。
ごきげんで遊ぶ声だ。
だが、長沼は中にいるのが、赤ちゃんあざらしだとは知らない。
聞いたことのない生き物の鳴き声に、長沼の手はピタリと止まる。長沼の手が止まった瞬間に、松子は慌てて、扉と長沼の間に身を滑り込ませて扉を閉める。
「今の……何?」
「ですから、安全のために、手続きが必要なんですってば!」
「安全……」
きっと、長沼の頭の中には恐ろしい怪物が生成されていることだろう。
もう一度、松子の全身を長沼が見る。
そう、松子は作業着姿だ。なんだったら、朝の大福のご飯にあげたホッケの返り血が少しついている。
この施設の中では、作業着が必要な上に、返り血がつくような作業をしているのだと、長沼の顔はみるみる青ざめていく。
「まさか、国民に内緒で危険生物を秘密裏に!」
「厚生福祉施設ですから! 国民の幸せのための施設でございます!!」
そう、今は岩太郎一人の幸せのためにしかなっていないが、もし本当に『あざらし幼稚園』が、海外の素敵な施設のように運営されれば、きっと国民の何割かは幸せになるだろう。
言い切って、松子はゼイゼイと息をする。
大変なのだ。この長沼の体を抑えながら、その場しのぎの嘘を塗り固めるのも。
「全く。どうやって突き止めたんですか? 長沼議員」
「あ、天宮……」
助かった……。松子はその場にへなへなと倒れ込んだ。
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