第16話 見知らぬ女

 ヒールをアスファルトにコツコツと叩きつけて歩く女は、出てきた松子をキッと睨む。

 バシッと決まったスーツ姿の女は、松子の目から見ても格好良かった。


 女は、大福飼育用の作業着姿の松子に、なんだか高圧的な態度の女。


「あなた、この施設の人?」

「はぁ……」


 なんだコイツ。

 松子はムッとする。

 偉そうな態度の女に、松子の不快度はガンガンと上がっていく。


「誰ですか?」

「あら、私をご存知なくって? テレビにもよく出てると思うのだけれど」

「いいえ。全く。アナウンサーがなんかですか?」

「ほ・ら♡ これ!」


 自分の襟につけたバッジを女が指さす。

 どこかで見たバッジではある。

 女は、このバッジを見れば、誰だか判別つくだろうと思い込んでいそうだが、松子はそんな世界線には住んでいない。


「ええ〜。なんだろうなぁ。あ、弁護士?」

「違うわよ! どう見ても議員でしょうが! ぎ・い・ん!」

「ぎいん……」


 この不愉快な高飛車女は、どうやら松子の宿敵、何遍タンスの角に小指をぶつけることを願ったか分からない岩太郎と、同類ということらしい。

 ああ、そりゃ不愉快だと、松子は合点する。議員と聞いて、虎猫屋羊羹の紙袋を被った岩太郎の姿が脳裏をかすめて、ますます松子はこの女を不快に感じる。


「で、結局どなたなんです?」

「あなたね、議員の女性って、そんなにいないのよ? このトレードマークのヒール! 分からないの?」

「ちっっっっともです」


 天宮のことも知らなかった松子が知るわけがない。

 ギリギリ現役総理大臣の岩太郎しか政界の人間は知らない松子であった。

 

「長沼よ! 長沼凛々子!」

「長沼……ああ、何年か前に、おっさん引っ叩いて炎上してた人だ!」

「う……」


 それは言われたくない長沼だった。あの時は若過ぎた。議会の終わり、すれ違い様に与党議員のジジイに「アバズレ」と呟かれて、つい引っ叩いてしまったのだ。

 スパーン! と、大きな音が、講堂中に響き渡るほど思い切り。


「国民に選ばれてここにいる私に、アバズレだと? そういう古臭い考えの自分を恥なさい!」

  

 頬を抑えて驚き腰抜かすジジイ議員に、長沼はそう啖呵を切った。

 騒然とする議員達は、大混乱だった。

 そこに、岩太郎は、スッと長沼の前に立ち土下座した。

 講堂は、一瞬で、水を打ったように静まりかえった。


「失礼、申し訳ない」


 岩太郎が頭を下げる様に、長沼は、『やられた』と思った。総理大臣である岩太郎の、この時流を読んだ大胆な行動に、岩太郎の人気は上昇し、長沼には、やり過ぎだという意見が集中したのだ。


「……で、その長沼さんが何?」


 秘密のはずのあざらし幼稚園だ。

 長沼は、岩太郎の敵なはず。なぜここにいるのかが、松子には分からない。


「ここに、総理が新事業を展開しているという情報があります。その視察に来ました」


 長沼は、書類を松子に渡す。

 そこには、『厚生福祉施設』と書かれ、このあざらし幼稚園の住所が記載されていた。

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