第26話 松子が知っていることは、岩太郎も知っている

 有能獣医師AIロボットのソルト君。その知識、データは、外部クラウドに保存されて、そのデータは、シュガーたんはもちろんのこと、岩太郎たちにも要求されている。


「ふうん。保坂君がね……」


 いつもの執務室で、大画面で大福の様子を見ながら、岩太郎はソルト君の報告を確認する。

 虎猫屋の羊羹を一つつまんで、そのこってりとした甘さを感じつつ温かい玉露を飲めば、甘みと苦みが丁度良い具合に岩太郎の口内に広がっていく。


 ソルト君の報告を見て、岩太郎は、大福の飼育係であった保坂を思い出す。

 好々爺を絵に描いたような、穏やかな年配の男性であった。水族館に大福がいた時から知っている、あざらしマニアの岩太郎が、その飼育係である保坂を知らないわけがない。


 このあざらし幼稚園の計画を立てた時に、あざらしの飼育に情熱をそそぐ保坂に白羽の矢が立たないわけがないのだが、計画に参入させることは出来なかった。

 保坂の身辺を調べれば、あざらしに対する深い愛情とともに明るみに出たことがあった。怪しい団体への借金であった。

 ギャンブル好きの保坂は、消費者金融をはじめとした割とザワザワ言いたくなる危険な場所に借金があったのだ。

 保坂の腕を手に入れるために借金を肩代わりをしてやることは、岩太郎にとって造作もないことであったが、同時に経験深い岩太郎は知っている。この手の人間は、一時的に借金から解放してやったとしても、その根本的な性分を改めない限り、何度でも借金を繰り返すのだ。

 依存症と病名のつく性分は、専門家の指導の元、長い年月をかけて治療する必要があるのだ。


 秘密裏に進めなければならない、国家の有事? であるあざらし幼稚園の計画に、そんな危うい人物を取り入れるわけにはいかなかったのだ。

 金銭を餌に、情報をリークされれば、あざらしの進退が危険にさらされる。

 それだけは、岩太郎にとって、避けねばならないのであった。


「大福ーーーー!」


 大福を運ぶ岩太郎の配下に、大粒の涙を流しながら縋る保坂の姿を、岩太郎も虎猫屋の紙袋の下で涙をこらえながら見ていた。


「きゅいいいい! きゅい!」


 箱に入れられて運ばれる大福が、必死で保坂を呼ぶ可愛らしい鳴き声には、岩太郎は、保坂に対して嫉妬と羨ましさまで感じた。

 あんなに可愛い大福の世話ができる羨ましい身分なのに、どうしてギャンブルになんて手を染めたのかと、保坂を責め立てたい気持ちを抑えて、岩太郎は、保坂を虎猫屋の紙袋の下から見ていた。


「あの保坂君が、あざらし幼稚園の場所を突き止めて、時々忍び込んでいる。案外やるじゃないか」


 岩太郎は、ニヤリと笑う。

 岩太郎が、その知識を権力を持って隠したあざらし幼稚園。保坂がどんな手段で探し当てたのかは分からないが、その情熱と根性には、岩太郎も頭が下がる。


「だが、私を甘く見るのは、良くないね」


 岩太郎は、指示を書いたメールを、天宮へ飛ばした。

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