第40話 罠

「そもそも、こんな時期になぜ『解散総選挙』なのでしょう? それこそ、国庫予算の無駄遣い。国の運営を舐めているのかって話なのです」

「そうでしょうか? 長沼さん、野党の皆様にとっては、願ったり叶ったりの議席を増やすチャンスではないでしょうか? それを無駄だと言うなんて、ちょっと我々与党に頼り過ぎ、身を引き締めるべきなのではないですか?」


 長沼の攻撃を涼しい顔で受け止める天宮に、長沼の眉がピクリと震える。だが、まだ笑顔は崩さない。この程度の反論は、想定内なのである。


「あら、ありがとうございます。安心なさって下さい。わたくし共は、いつでも準備万端! には、きちんと対応できるように備えております」

「この程度で国家有事ですか」

「他にも何か抱えていらっしゃる?」


 長沼は、この機会にあの施設について天宮を問いただしたいのだ。

 じっと天宮から長沼は視線を外さない。天宮の余裕の顔が崩れるところを、長沼はじっと待っているのだ。


「いえ。我が党は、国民の皆様に真摯に向き合って、政策を進めて参りましたから、何の憂いもございませんよ」

「それで解散総選挙? それに、どうしてこんなに景気が悪いのでございましょう? それって、結局政治が正しく機能していないからではありませんか? 何か無駄な税金の使い方をなさっているのでは?」


 保坂は長沼の言葉に、ギクリとする。あきらかに長沼は、あの施設のことを言及している。やはり、長沼に大福のことがバレれば、それこそ大々的に問題として取り上げられて、施設の廃止と大福の殺処分が現実化しそうである。

 

「いいえ。大切な血税の無駄遣いなんて、ありえません」


 天宮の嘘に、保坂が冷や汗をかく。大丈夫なんだろうか……。天宮さん頑張れ! 保坂は、心の中で天宮を応援する。全ては大福のために。


「根拠ない追及は、それこそ時間の無駄ですし、ここに居る聴衆の皆様のお時間を無駄遣いしていることになりますよ」


 天宮が長沼にやり返す。

 人気の高い天宮である。熱狂的な天宮ファンが、天宮の意見に拍手を送る。


「それは失礼いたしました……では……」


 情勢を読むのが上手い長沼が、この場の雰囲気に合わせて話題を変える。話題は、今後の政策、外交問題、寄付金……多岐に渡ったが、天宮の躱し方は上手く、話題をあの謎の厚生福祉施設(注:あざらし幼稚園のこと)に戻すことは、長沼は出来なかった。

 聴衆の人気という点では、長沼と天宮の舌戦は引き分けてあったが、あざらし幼稚園の秘密を守るという点では、天宮の勝利である。保坂はホッとする。 

 互いに時間切れで引き分けで終わった。

 党の顔である二人に、時間はない。すぐさま別の候補の応援演説に行かなければならないのである。


「本当、ムカつくわ」


 怖い……。長沼は、超絶不機嫌な長沼に怯える。


「タモツさん、車を次は……」


 長沼が言いかけてスマホを見る。


「どういたしましたか?」

「あ……いや、予定変更みたい。何だろう。よく分からないけれども、この建物に向かって」


 長沼の指示を受けて、保坂は車をとある建物へと回す。

 研究施設のようだが、本日は休日のようで、人通りはほとんどない。

 入り口で「連絡は承っております」と、守衛が挨拶をしていたので、この建物で間違いは無さそうだ。


「何でしょうね?」

「分からないわ。こんなのは初めてよ」

「あ、あれ天キュンの車!」


 助手席の女の言う通り、天キュンこと天宮の車もそこにある。

 

「何だか知らないけれども、もう一度追い込むチャンスかもしれない!」


 後部座席の長沼が意気込む。保坂の背中には、嫌な汗が流れていた。

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