第24話 松子、仕事しています
人間達がなにやら不穏な空気を醸し出している中、あざらし赤ちゃんの大福が、平和にあざらしプールで日向ぼっこしていた。
プスー、プスー……。
大福が小さな鼻孔をヒクヒクさせながら、いびきをかいている。
時々、短い手足はプルプル震えるのは、夢の中で遊んでいるのかもしれない。
「あざらしは平和で良いわね」
松子が、大福を見ながら顔をほころばせる。
遠くから観測した大人あざらしは怖かったけれども、大福は可愛い。世話をすればするほど、そのおっとりした仕草やポテポテボディが可愛くなってくる。
今、松子が、犬派か猫派かを聞かれれば、きっと、『あざらし派』と、きっぱりと言い切るだろう。いや、犬でも猫でもないのだが。
本日は、力斗は休暇で、松子一人であざらしプールで大福の世話をしている。
一通りの作業は終えて、大福の夕ご飯の時間までの休憩の時間だ。
「可愛い」
大福を見つめているだけで、貴重な休憩が終了してしまいそうな松子だった。
「と、そうだった。そろそろご飯の用意しきゃ……」
この間、大きなホッケをあえて使おうとして失敗した。ホッケバラバラ血まみれ沙汰事件で松子は学習したのだ。無理をするのはよくない。無理をするから、あらぬ疑いをかけられるのだと。
と……いうことで、松子のすべき夕飯の準備は、ほっけのサイズをそろえること。人間慣れしている水族館出身の大福は、プールサイドにあがって人間の手からご飯を食べさせているが、それにしたって、ホッケのサイズがそろっていたほうが、大福だって食べやすいだろう。
松子が重い腰を上げて、控室に向かえば、またメモが置かれている。
力斗じゃないって、言っていた。
誰なんだろう。こんなの、あざらしの飼育や大福の状況を知らない人間には書けない内容だ。
「ソルト君、誰だと思う?」
「知るかよ」
ソルト君は、相変わらず冷たい。
いや、それも松子の趣味を反映しての受け答えなのかもしれないが。
松子としては、甘やかしてくる系よりかは、多少オラついている系の方が好みなのだ。シュガーたんが力斗の好みを分析して反映した結果のあのキャラなのだったら、ソルト君の塩対応オラつきキャラは、松子のせいなのだろう。
「だとしても……もう少し、ちょっと、こう……優しさというか、愛というか……」
「ああ? 優しさぁ?」
ソルト君がケッと鼻で笑う。
本当に優秀なAIロボットである。本体は、名前の言えないあの懐かしのぺ……君とそっくりの色違いなのだが、タブレット上のソルト君は、松子好みのイケメンキャラ。それが、ソルト君のAI技術を駆使して、表情豊かに松子に応対してくれる。
「それより松子、大福の夕飯の準備だろう?」
「そうだった。えっと……」
松子は、大福の飼育日記を手に取る。
大福がこのあざらし幼稚園に来る前の水族館で、飼育員が書いた飼育日記。それを松子は、まだ大切にして、大福を飼育する参考にしている。
大福への愛あふれる飼育日記は、とても細部まで心砕いた内容である。
「あ……」
飼育日記の表紙を見て、ソルト君が固まる。
「何よ。どうしたのよ」
「松子、その飼育日記、中を画面に向けろ」
「え?」
松子は訳が分からないまま、飼育日記をめくって、それをタブレットのソルト君に向ける。
「やっぱりだ」
「何がよ」
「メモだよ。メモの文字だよ!」
「メモ……」
松子はメモを見てみるが、何のことだか分からない。
「そのメモの文字、飼育日記と同じ筆跡なんだよ!」
ソルト君の言葉は、衝撃的だった。
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