第11話 いいからほら、あざらしの世話!
可哀想な安い男、力斗は、使い物にならない。
元々真面目な性格なのか、ノロノロと作業は始めるのだが、彼女に五万円で捨てられたショックはかなり大きいようで、一つ動いたかと思えばため息をつき作業は中断する。かなりギリギリの限界の状態だ。
「うっざ! ウザすぎ!」
その分、松子がどうしても作業はせざるを得ないのだ。
ホッケをあざらしの大福がもぐもぐしようとしている姿は可愛いが……どうも上手く食べられていない。ホッケの先をフンフン嗅いでオロオロしている。
「あれ? なんで? 餌ってホッケでしょ? ソルト君!」
「ホッケで間違いねぇ」
「じゃあ何で?」
「デカいんだよ。サイズ確認したか?」
「え、サイズ?」
前の大福の飼育員の残した記録を確認すれば、ホッケのサイズも細かく記載されている。
「見落としていたわ……ちゃんと見てなかったかも」
他にも見落としがないか、松子はページをめくって確認する。
松子は苦手なのだ。この手のマニュアルを読むのは。
録画予約も野生の勘で何とか済ますタイプであり、家の洗濯機には、未だ購入してから何年も経つのに触ったこともないボタンがある。
まだ小さな大福の食べられる魚のサイズは決まっている。松子が最初に大福に与えたホッケでは、大きすぎて食べられないようだ。
てか、初期の大福の給餌は、今の数倍は大変そうだった。
まずプールの水を抜き、大福を捕まえる。二人一組で押さえつけながら海獣用のミルクを飲ませて、餌のホッケを飲み込ませる。
現在のように、魚をそのままプールで食べられるようになるまでは、ずいぶんと時間が経っているようだ。
「これさぁ……大福で良かったかも……」
本物の人に慣れていない赤ちゃんあざらしが来た時に、満足いく世話が出来る気が松子にはしない。
大福のような水族館出身のあざらしで、飼育記録が残っているからこそ、なんとか頑張ろうと思えるが、飼育記録もなければ無謀すぎる計画なのではないだろうか。
ただいま精神的ショックで使い物にならない力斗とマニュアルの読めない松子。AIロボットのソルト君とシュガーたんが付いているとはいえ、やはり不安しかないメンバーで、大福を守らなければならないのだ。
「ま、やるしかねぇだろ」
銀髪イケメン姿のイラストのソルト君が励ましたところで、萌えはするけれども、松子の不安は晴れるわけがない。
松子から適度な大きさのホッケを受け取って食べる大福は、お腹もいっぱいになったのか幸せそうだ。
ぽよぽよのお腹の物体は、短い手足をばたつかせながらクルクルとプールを回遊している。
『母あざらしが亡くなって一人ぼっちになったこの子に、大きな幸せが訪れますように』
そういう意味を込めて『大福』と名付けたのだと、飼育日記の最初のページには書いてある。その下には、白い毛におおわれたもっと小さかった頃の大福の写真。
そう、決して丸々とした真っ白な体が大福みたいで美味しそうだから名付けたのではないのだ。
きっと、この写真と文言を見て、大福の世話をしていた飼育員は、辛い日々を乗り越えたのだろう。
「世話するからには、幸せにしてあげなきゃね」
松子は、無邪気に遊ぶ大福を見て、決意した。
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