第28話 狂言

 えっと、どういうこと?

 天宮の「捕まえろ!」の命令と共に、わらわらと現れたガスマスク迷彩服団が、保坂に群がる。

 保坂はあっという間に捕まってしまった。


 プールの方を見れば、大福を放置したままでガスマスク迷彩服団が戻って来る。


「保坂を捉えている少人数を残して、後は撤退して良い」

「はっ!」


 ガスマスク迷彩服団のほとんどは、天宮に敬礼して立ち去った。

 プールサイドから、松子と同じ狐につままれた顔の力斗が戻って来る。


「こりゃ……どういうことだ?」

「さあ?」


 天宮に説明してもらわないと、こんなの松子たちに理解できるわけがない。


「狂言ですよ」

「え?」

「嘘ってことだよ。バカ松子」


 クククッとソルト君が笑っているところを見れば、ソルト君も今回の捕獲が嘘だってことを知っていたのだろう。


「ソ、ソルト君? あんたロボットの癖に嘘を?」

「命令で演技したんだよ。人聞きの悪い」


 AIロボットが人聞きなんて気にするほうが奇妙なのだが、まあそれは置いておこう。ツッコミ始めたらきりがない。


「そもそも、しゅがぁたんがぁ、あんな風に判断するのがおかしいとぉ、気付くべきだにゅう☆」


 いや、そう言われましても、松子からすれば『知らんがな』なのである。

 

「保坂さんがこの施設に侵入しているという情報を得ましたので、自由に泳がせるよりかは、捕まえるべきかと思いまして。総理の指示により、作戦を立てさせていただきました」

「だ、騙したんですね!」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔した保坂さんが、怒り暴れるが、ガスマスク迷彩服団の縄はきつく、緩む余地もない。


「当たり前でしょう? あのあざらし狂の総理が、大福の殺処分なんて考えるわけがない」


 そう言って、保坂さんに向けた天宮のスマホの画面には、保坂と同じかそれ以上に涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔した岩太郎が映っている。


「大福ちゃんが……あんなに可哀想な声で鳴いて……ズビッ」


 いや、岩太郎、あんたが考えた作戦だろうが。

 自分の作品で主人公が不幸になっていく様に嘆く作家かよ。いや、泣くけれどもさ。


「ともかく、ご説明いただきましょうか。保坂さん。どうやってここに侵入したのかを」


 泣きすぎて言葉に詰まる岩太郎に変わって、天宮が保坂に尋ねる。


「はい……」


 観念した保坂は、大福と別れた後のことを語り始めた。


 ◇ ◇ ◇


 大福が謎の集団に連れ去られて、保坂は自暴自棄になった。

 決まっていたはずの次の水族館への就職も辞退して、飲んだくれて道端に転がる日々。

 妻はとっくの昔に保坂に愛想をつかして離婚済み。天涯孤独となった保坂は、着の身着のままで街を徘徊して、炊き出しを渡り歩くことでなんとか命をつなぎとめている日々だった。


 度重なるギャンブルでの借金返済に充てて、貯金なんてない。家もない。家がなければ、住民票もないし、生活保護も受けられない。

 松子も無職でたいがいな生活であったが、保坂の生活は、松子よりもずっと窮地に追い込まれたものであった。


 そして、諦められなかったことが一つ。

 大福のことだった。

 保坂は、ぼろぼろの生活の中でも、大福の情報を集めることをやめることはなかった。「きゅいいい!」最後に聞いた、大福の悲痛な叫びが忘れられず、夜中に跳び起きる日々だったのだ。


「あの虎猫屋の紙袋の下の男が、誰なのか。それを探って、ようやく総理にたどり着きました」

「え、あれは、とっとと気づこうよ」


 松子は、遠い目をして苦労を語る保坂に、ついツッコミを入れる。

 あんなにバレバレの変装は、なかなかないと思うのだ。


 松子のツッコミを無視して、保坂は話を続けた。




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