第50話 ミッション終了

 長沼が強制連行……いや、病院へ運ばれたという知らせを受けて、外で何故だか清掃をしてくれていた連中も、わらわらと去っていく。


 厚生福祉施設、あざらし幼稚園の平和は、守られたのであった。


「後で、大福を戻す前に、プールを清掃しなきゃ駄目だ」


 『大福ちゃん一号』のぬいぐるみの中から、ソルト君が命じる。


「ええ、この惨劇を、私と力斗で?」

「当たり前だ。大福に雑菌がついて病気になったら困るだろう?」


 人間が、慣れない土地に行って雑菌で病気になるように、あざらしだって慣れない菌に暴露されれば、重篤な病気になりかねないのである。

 だから、勝手に牧場に侵入してはいけないし、動物を飼育している施設では、消毒なしには飼育区域に入れないようになっている。


 長沼を誤魔化すために集められた還暦の皆さんが、まだ楽しそうにプールで戯れている。これを清掃しないで大福を戻すわけにはいかないだ。


「まだまだかかりそうね……」

「しっかし、皆、元気だな……」


 六十歳、若い頃はダンスミュージックで沸き、赤プルやデスコでブイブイいわせたナウでトレンディな世代である。皆、松子達が敵いそうもないくらいに活気がある。

 サンタクロースな恋人をスキーに連行した世代で、絶好調にスピードに乗って恋した世代なのだ。

 元気なんてものではない。恐ろしいエネルギーを放つ怪物世代なのである。

 

「ねえ、良いわね! こういう集まり! 私、赤いちゃんちゃんことか要らないのよ。私達らしい集まりが欲しかったのよ!」


 上機嫌な水着マダムが、松子に微笑みかける。


「はあ……上の者に申し伝えておきます」

「絶対よ!」


 マダムはウインクを一つ松子に残し、念を押してプールに戻っていた。


 深夜、ようやくご満足していただけたようで、皆さんは大人しく帰っていった。

 明日には、近隣の水族館に一時的に預けた大福を迎えに行って、プールに戻さなければならないのである。


「力斗……眠い……」

「はあ? 寝かせる訳ねぇだろうが! クソ園長が! 今夜は徹夜だ!」

「きゃ! 力斗ったら大胆だぷぅ!」

「シュガーたんうるさい! うざい!」

「松子! いいからここから早く出せ! ぬいぐるみの中は熱がこもる!」

「ソルト君もうるさい!」


 わあわあ言いながらも、松子と力斗は、丁寧に消毒作業を終えて、水を張り直した。


 大福は、プールに戻せば、嬉しそうに泳ぎ出す。

 どうやら、大福の体調に問題なさそうだ。


「きゅいいい!」


 大福が歓喜の声をあげる頃には、控室に屍のように転がる松子と力斗の姿があった。


「疲れた……もう……来ないでほしい……」


 松子の心の底からの本音が、虚しくこぼれて、誰に受け入れられることもなく消えていった。

 

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