第53話 新しい園
大福の移転先が決まり、あざらし幼稚園は、忙しい日々を送っていた。
「つまり、その水族館と連携して、今後の飼育を進めていくっていうわけね?」
連携する水族館は、大福の受け入れを大歓迎してくれている。
長沼回避のために一時的に預けた時に、他のあざらしと思ったよりも相性が良さそうだったこと、大福の受け入れを条件に大企業が出資を申し出てくれたこと、保坂さんという、あざらし飼育の長けた飼育員も就職が決まったこと。
これで歓迎しないわけがないのである。
もはや、どこかの令嬢が下級貴族に輿入れするような騒ぎなのである。
「良かったね。大福。これで、仲間と一緒に過ごせるよ」
「きゅいいい!」
松子の言葉を大福が理解したかどうかは分からないが、大福は上機嫌だ。
あくまで、偶然に保坂が就職した水族館に、たまたま大福が移転した形にして、タイミングをずらさなければならないとかで、大福の引っ越しまではまだ時間があるが、もうすぐこの可愛いプニプニの塊がいなきなると思うと、松子は急に寂しくなる。
「引っ越しまでの間、美味しいホッケをあげるからね」
松子は、プールをスイスイと泳ぐ大福に優しい微笑みを向ける。
保坂が一緒で、大福が幸せにならないはずがない。松子の大福を幸せにしてあげたいという願いは、どうやら叶ったようだ。
「あ……、ねえソルト君」
「なんだよ」
「大福がいなくなるってことは……私、くび? だってあざらしいないのに」
「なんでだよ。元々、大福は松子が就任した時には居なかっただろうが。それに施設は残るだろう?」
「ええ~。じゃあ、まだこのままなの?」
岩太郎は諦めていないようだ。
推しあざらしの大福の身柄は正岡に取られてしまったが、まだまだあざらし幼稚園を続ける気満々らしい。
「ほら、見ろよ。新しい入園予定のあざらしのリストだ」
「え、リスト?」
ソルト君が映し出した画面には、つらつらとあざらしの名前が出ている。
入園の時期はズレてはいるが、リストに載ったあざらしの名前は、十匹ほど。
「え……こんなに水族館が潰れて……」
「ちげぇよ。水族館と提携するって言っていただろうが。改修工事や飼育員不足なんかで手が足りていないところは多々ある。提携した水族館を中心として。様々な水族館の子どもあざらしを、集めて幼稚園にしようっていうんだよ」
ひゅうっと、松子の喉が鳴る。
ついに本格的に、あざらし狂いの岩太郎の計画が始動しだしたということだろう。
あの虎猫屋紙袋仮面は、この絵図を描いて秘密裏に方々に手を回していたのだ。
日本全国のあざらし赤ちゃんの成長を見届けるために!
大福一匹であれだけ苦労したというのに、こんなに増えたらどうなってしまうのだろう。力斗と二人で手は足りないのではないだろうか。
先々に起こるであろう問題に、松子は半泣きになる。
「ま、松子! 大変だ!」
本日、休暇中だった力斗が、血相をかえて走ってくる。
きっとシュガーたんから松子と同じ情報を手に入れたのだろう。
「おい、やばいぞ、これ……」
「ど、どうしよう。こんなにあざらしが……」
保坂は手伝ってくれるのだろうか?
いや、天宮も手伝わせないと、こんなの絶対回らないのではないだろうか?
「わあ! おめでとうなんだぷぅ!」
「おめでとう?」
シュガーたんが映し出した映像は、記者会見の画像だった。
映し出されていたのは、真剣な面持ちの天宮。
右上に踊っている文字を見て、松子は気を失うかと思った。
『最年少総理誕生! 天宮氏』
「は? え? 天宮何やっているの?」
「何だよ、これ! どうするんだよ。総理になっちまったら、施設の運営は?」
「い、岩太郎は? あのおっさんは?」
松子も力斗も、パニックに陥っている。
これからあざらし幼稚園が新体制になって、大福を引っ越しさせて、たくさんの赤ちゃんあざらしを迎え入れるっていうのに、天宮が総理になって動けなくなったら、誰を頼ればよいのか分からなくなる。
「安心するが良い! 正義のマスクがリング(あざらし幼稚園)に唸る!」
聞き慣れた声に嫌な予感がして振り返れば、そこには、虎猫屋の紙袋を被った作業服姿の男が、モップ片手に仁王立ちしている。
岩太郎だよ。
松子と力斗は、青ざめて顔を見合わせる。
いや、その紙袋、まったく必要ないでしょうが……。
岩太郎は、我慢ならなかったのだ。総理として画面越しにしかあざらし赤ちゃんを愛でられない自分に。
そして、総理の座をかなぐり捨てて、堂々とこの施設に天下りしてきたのだ。
一従業員として。世を忍ぶ仮の姿、『虎猫屋仮面』として。
「さあ、松子さん。仕事をしよう!」
元気いっぱいの岩太郎の姿に、松子も力斗も、成す術を知らなかった。
「きゅいいいい!」
大福だけは、とっても上機嫌でプールを泳いでいた。
アザラシ幼稚園の園長さん! ねこ沢ふたよ@書籍発売中 @futayo
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