第35話 計算済み
保坂が長沼を騙そうと頑張っている時間に執務室で岩太郎と天宮はいた。
保坂から連絡を受けた天宮は、すぐに岩太郎に報告した。保坂から失敗の連絡があったのだと説明する天宮に返ってきた岩太郎の返答は意外だった。
「うん。だろうね」
「だろうねって……」
全ては計算済みということだろうか。
天宮は、岩太郎の余裕が気になる。
「総理、何をお考えで?」
「その辺は、察せるようになってよ」
人の行動の先を読んで先手を打つ。それは政治家にとって必要な能力ではあるが、突然あざらし幼稚園を作り出す岩太郎の行動なんてどうやったら読めるというのか。
岩太郎ならば、何が飛び出してもおかしくない。そんな相手の行動を読む術を、若い天宮はまだ持ち合わせてはいない。
「無茶を言わないでください。他の人間はともかく総理の行動は全くわかりません」
「そう? 割と普通だよ」
「総理が普通? 普通がブチ切れて往復ビンタしにきますよ」
「何それ。面白い」
「いえ、全く面白くありません」
朝から虎猫屋の一口羊羹を食みながら、ゆっくりと玉露を飲む岩太郎は、完全オーダーメイドの大福のぬいぐるみを撫でる。
映画のマフィアのボスが長毛種の猫を撫でる様にギリギリ似ていなくはないが、どこかズレているその光景に、天宮はため息をつく。
「総理、で、どうなさいますか?」
「うん。長沼君が乗り込んで来るまでに時間稼ぎをしなきゃいけないねぇ。大福ちゃんが、世間の好奇の目にさらされるのは可哀想だ」
「だからそれを……」
すっと岩太郎から渡された紙を見て、天宮の顔から血の気が引く。
「え……」
「すぐに実行して」
「ちょっと、総理! 正気ですか?」
信じられない指示に天宮に背中には冷や汗が流れる。
「良いから。ほら、早く、準備して」
冗談ではないらしい。
確かにそれは岩太郎だけに許された奥の手であるし、それをされれば、長沼は謎の施設の探求なんて出来なくなってしまう。
「分かました……」
天宮は覚悟を決める。
天宮だって、長沼と同じかそれ以上に忙しくなる。
あざらし幼稚園だけでは終わらなかった。
国家有事とこれは言っていいだろう。
「総理……ご武運を」
「うん。まあ、そんなに大げさに考えなくったっていいよ。こういうのは時流だから」
今この状況でこの判断を下すということは、『時流』なんてものが、天宮達の味方をしてくれるということだろうか?
いや……違うな。これ……。岩太郎は何も考えていない可能性が高くないか? ただあざらし赤ちゃんの大福に長沼の魔の手が及ばないようにするためだけに。そのためだけに、こんな大それたことをしようとしているのでは?
天宮は、そこまでほぼ正解を導き出して、ブンブンと頭を横に振る。
ここまで信じてついてきた岩太郎だ。ここで疑うのは良くないと、思い返してしまったのだ。残念、天宮は真面目過ぎた。
「ご、ご武運を!」
「それ……さっきも言ったよ、天宮君」
岩太郎が指示したとっておきのカード。
それは、解散総選挙であった。
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