第6話 無謀な計画
世界に一つのむっちりボディ。
ちょっとポヤンとしたその性格。
オラつくシャチの暴れる海の世界で、野生生物として本当に生きていけているのかが不安になる姿。
それこそが、岩太郎の愛するあざらしであった。
海外のあざらし幼稚園のライブ動画に心打たれて、岩太郎は涙する。
あざらし柄のハンカチで拭う涙は、一生懸命にお友達と一緒に日向ぼっこしようとプールの縁に登ったのに、バランスを崩してプールに落ちてしまった赤ちゃんあざらしの気持ちを想ってのこと。
「頑張ったのにねぇ……」
スパルタAIロボットのソルト君にしごかれまくっている松子のために流す涙はなくとも、あざらしのためなら、なんぼでも泣ける岩太郎であった。
「やはり、一人では無理があるのではないでしょうか?」
涙ぐむ岩太郎に話しかけたのは、官房長官。
松子がこの国最後の理性ではないかと期待する人物。
「ああ! お友達があんなに心配そうに!」
岩太郎は、官房長官である
今、画面では、プールに落っこちた仲間に気づいて起きたあざらしが、じっとプールに落ちた仲間を見つめているところだ。
「ちょっと! 総理! 聞いておられますか?」
天宮は、総理である岩太郎に頭が上がらない。
四十歳にも満たない天宮の才能を見出し、周囲の猛反対を押しのけて官房長官の地位にまで押し上げたのは、岩太郎だった。
岩太郎の強引なやり方は、人に嫌われて反対されることも多いが、天宮のような才能ある後続を育て、岩太郎の手足として働かせていた。
この求心力に惹かれ、天宮は忠義を尽くしているのだが……さすがに、今回のあざらし幼稚園計画は酷い。
人気のコンテンツに乗っかって、そこに新しい産業を見出していくのは、よくある技法ではあるのだが、そもそも、海外とは環境も状況も違う。
「そもそも、あざらしのどこがそんなに良いの分かりません」
天宮の聞き捨てならない言葉に、岩太郎の眉がピクリと震える。
「何? 天宮君、あざらし嫌い?」
「あ……いえ……そんなことは……ただ、今回のように予算を立てて計画するのは……」
岩太郎は容赦のない人間だ。
不要と思った人間は、たとえ腹心の部下であっても、あっさりと切り捨ててきた。息子のように可愛がっている天宮でさえ、例外ではないだろう。
なぜなら、バカ息子と有名だった岩太郎の実子、砂太郎は数年前から行方不明なのだ。
岩太郎の地雷を踏みぬいてしまったかと、天宮は焦る。だが、ここは恐怖心をぐっと押さえて忠告するべきだろう。
それこそが、天宮の信じる忠の道である。
「そもそも、松子さん一人であざらしの世話ができるとは思えません。松子さんはタフそうでも人間です。風邪もひくし法令にのっとった休みは必要でしょう」
「法令ね……今更だが、確かに風邪は困る。病原菌をあざちゃんに広められたりしたら、やっかいだ」
「そうでしょう?」
良かった。判断基準はとことんズレてはいるが、松子一人で世話をさせるという計画の無謀さには気づいてくれた。
ここは、このまま計画を断念させて、あざらし幼稚園の設立を阻止せねば。
すでに完成してしまっている施設は、適当に別名義で使えば良い。
……そうだな。市民プールにするのはどうだろう。……それか、温泉施設にして、国民の憩いの場、福祉施設として、あの無駄に立派な施設を使うとか。ソルト君だって、獣医師の少ない地域に派遣すれば、畜産業に大いに貢献するのではないだろうか。
天宮が至極まともな思考を働かせている間に、岩太郎は何やら机の上の黒電話を操作している。
え、黒電話? そんなのまだあったの? そう、あったのだ。
解説しよう。お母さんの作ったキルトのフリル付きのピンクのカバーを付けた黒電話。ダイヤルを回して相手と通話する電話。それが、この岩太郎の部屋には生存しているのだ。
愛用の黒電話のダイヤルをジジ―っと回して、十代読者の想像力を置いてけぼりにした岩太郎の電話に、『はい。準備は整っております』と、返答がある。
「天宮君。私を見くびってもらっては困る。私は、総理大臣にまで上り詰めた男だよ? ちゃんと準備はしている」
岩太郎は、不敵な笑みを天宮に向けた。
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