第7話 北の海
寒い。
ここは凍てついた大地。
多くの自然残る野生動物の王国。
松子は、双眼鏡とタブレットを持って、震えながら海を見つめている。
「ほら、根性見せろよ」
「無理。ぜっっったい無理! なんであんな大きいの?」
遠くに見えるのは、あざらしの群れ。
松子が初めて見る、野生のあざらしは、大きかった。動画で見たあざらしちゃん達の可愛い姿はどこにいったのか、目の前の群れは大きな大人中心だった。
「しょうがねぇだろ。大人のあざらしは、百キロくらいあるんだから」
タブレットの画面に映った二次元画像ソルト君がため息をついている。
AI獣医師ロボットソルト君は、本体は本部にあり、ここ北海道には、松子の待つタブレットで二次元画像で参戦しているのだ。
「寒い! 寒いじゃない!」
「あざらしの生息地は、日本では北海道だけなんだから。ちゃんと勉強しただろうが!」
今回の松子のミッションは、『わぁ! せっかく学んだんだから、本物観なくっちゃ始まらないよね⭐︎ちょっとでも近づいてみようか!』という、岩太郎作成のカリキュラムをこなすこと。
もう少し野生のあざらしの近くへと寄り、赤ちゃんあざらしがパパやママとどんな風に過ごしているかを観測すること。
だが、野生あざらしに恐れをなした松子は、双眼鏡を使ったって赤ちゃんあざらしが観測できないような遠い場所に縮こまり、とうてい近くには寄れそうもない。
「行けよ!」
「無理ー!」
「早く行かないと、この辺りは熊出るぞ! 熊!」
「ちょっと! なにフラグ立てているのよ! やめてよ、熊の話なんて!」
ワーワー大騒ぎの松子は、ソルト君の説得を全く聞かない。
まぁ、そりゃそうだ。
あのあざらしのラブリーボディは、伊達じゃない。地上でこそポテコロのもちもち感あふれるノンビリボディだが、一度泳ぎ出せば、その体は空を飛ぶ飛行機のように素早い。もしゃもしゃのお髭の下のお口には、鋭い牙が揃っている。それで百キロの巨大なのだから、人間の女である松子に敵うわけがないのだ。
もし、あの中に保護対象の赤ちゃんあざらしがいたとすれば……どうやって連れてきたら良いのだろう。松子は、おのれに科された業務の難しさに頭を悩ます。
「ばーか」
「ん? 今、馬鹿って言わなかった? ソルト君」
「俺たちが保護すんのは、はぐれたあざらし赤ちゃんだろう? 群れにちゃんといる赤ちゃんあざらしは、保護対象じゃねぇ」
「あ……そっか」
「だから、今回のミッションは、あくまで見学」
じゃあ……とは、ならない。
だって、松子はあざらし達が怖いのだ。
「ダメ、やっぱ無理」
「じゃあどうすんだよ」
「無理ですって、岩太郎に謝って辞める」
「バーカ」
「んなっ! また馬鹿って!」
「辞められるわけないだろう。これだけ国家機密をどっぷり知っちまったら」
「え、これ国家機密なの?」
「そ! だからミッションクリアーしていかないと消されるぞ、園長」
「け、消される??」
松子は青ざめる。
前門の虎黄門の狼という言葉があるが、松子の現状は、前門のデカイあざらし後門の岩太郎なのである。
ピルルルル……。
「あ、連絡だ」
「れ、連絡? な、なんの? ま、まさか岩太郎から抹殺命令?」
松子の背に嫌な汗が流れる。
想像の中の岩太郎が、松子を睨む。「無能め。ミッションのこなせない奴は、クビだ」と、岩太郎が命じれば、松子を岩太郎の前までさらってきたガスマスク迷彩男達が、松子に向かって銃をぶっ放す。(※想像の中)
「はーい! しゅがぁたんですぅ!」
タブレットから流れてきたのは、岩太郎の低い声ではない。アニメのような可愛い女の子の声。
「え? しゅがぁ……たん?」
「ちっ! シュガーかよ。何の用だよ」
「えっと、ソルト君で、シュガー?」
「ぷぅぅぅ! シュガーたんだってばぁ!」
な、なんなんだ。このやたらと明るいアニメ美少女声は!
松子は、全くついていけない状況に戸惑う。
「ぅもう! おばさん……じゃなかった、園長さんってば、察しが悪いんだぞ! シュガーたんって名前から、ソルト君の妹だってすぐ分かるもんなんだぞ!」
「あ? いや、分かんないし。てか、今、おばさん言ったな?」
「そんなことよりぃ! この天才動物看護師ロボットのシュガーたんが、看護師君とあざらしちゃんを保護したんだぞぅ! えっへん!」
このAIロボットの言葉使いは面倒だが、今はそれどころではない。
シュガーは、赤ちゃんあざらしを保護したと言っているのだ。
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