第20話 ええ、どう考えても悪の組織です
松子と力斗であざらしプールの水を抜く。
大福は、予備のプールで楽しそうにボールで遊んでいる。
プールの底には、大福の排せつ物や食べかす、藻やゴミが溜まるから、定期的に清掃しなければならないのだが、これが結構な重労働だから、二人同時に出勤する時に行っている。
デッキブラシで床を真面目に磨く力斗の横で、デッキブラシの柄に顎を置いたまま、松子は考え込んでいる。
「おい! サボるなよ!」
力斗の声掛けに、松子が振り向く。
「ねえ、考えてみたらさ。このあざらしプールが世間にバレたら、私達って、今の状況から解放されるのよね?」
「うん? まあ……そうだが」
「国家予算であざらしのプールを後先考えずに建設。こんなに立派な建物を高いお金で建設。職員は、二人。しかも、拉致して連れてきた。そして、あざらしの生息区域の限られている日本では、そもそもこの建物が必要かは疑問が残り、あざらしは大福一匹」
どうやら、松子はここに来て、この「あざらし幼稚園」の計画自体の無謀さに気づいたようだ。
「お前、今さらかよ」
そうだ。今さら松子は気づいたのだ。
「普通に考えたら、これ、明るみに出たほうが、世間的には良いんじゃない? 後世にこの事件が映画化されるとしたら、長沼さんの役は、きっと美人女優で私達は、極悪な強面が演じるよね?」
まあ……岩太郎はそもそも、極悪な強面なのだが。
それを差っ引いて考えても、この『あざらし幼稚園』が世間に露見して、岩太郎が失脚することがあるならば、どう考えても主人公は長沼で、松子たちは悪の組織の一因なのだ。
「まあ、そうだろうな」
「ねえ、それってやばくない?」
「やばい?」
松子の言っている『やばい』の意味が分からなくて、力斗は眉をひそめる。
「そうよ。この施設が明るみに出て、私達、悪役なんだから、炎上するよね? SNSどころか、私生活でも、悪の組織で悪いことしていた人扱いだよね」
「まあ、場合によってはようなるかもな」
「実際はただ大福を可愛がって、ご飯あげてプールの掃除していただけなのに、悪い奴認定されて炎上って酷くない?」
「落ち着け。いいか? 露見してもどうせ俺達はモブだ。だって、ただの職員だぞ?」
「だからよ。きっと、序盤で一瞬で殺されるんだわ。『ヒー!』とか、意味のない掛け声しか喋らない下っ端になってさ」
「いや、どこの戦隊モノの下っ端戦闘員だよ」
力斗のツッコミを待つまでもなく、松子の考えは突飛だった。
その想像では、長沼は、戦闘スーツに変身して、魔法か必殺技の一つも使えそうだ。そして、あざらし赤ちゃんの大福は、きっと巨大化して光線を目から発射するのだ。
力斗は、一瞬、「行け! あざらし怪人」と命じる黒マント姿の岩太郎と、「きゅいい!」と叫びながらゴロゴロと転がって東京タワーをなぎ倒す大福の姿が目に浮かんだが、慌てて我に返った。
「とにかく、大福の行き先が決まるまでは、ここは見つかるわけにはいかないんだ。困るのは大福。この際、俺達のことは二の次だ」
「力斗?」
「どうせ俺達は、そもそも何も持っていないんだから、多少炎上したって生きていける。たぶん」
「まあ……そうよね」
国外にカツカツの生活をしている両親がいる。
そこに転がり込んで、ほとぼりが冷めるのを待つのも良いかも知れない。
力斗の言う通り、今は余計なことを考えずに、大福の世話に邁進するべきなのかもしれない。
「それにしても、力斗、すごいわよね。見直した」
「何でだ?」
「だって、あざらしの世話だって完璧だし、私の足りない所を、教えてくれるし。この間だって、メモを残してくれていたでしょ?」
「メモ? 何のことだよ」
「え? これ、力斗じゃないの?」
松子の呼びかけに、ソルト君がこの間のメモの画像を映し出す。
「は? これを俺が? 知らんぞ?」
「え、嘘! そうなの?」
じゃあ、誰がこのメモを書いたのだろう。
松子と力斗は、顔を見合わせた。
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