第3話 ……無理だから!
「あんた……あざらし好きなのね」
震える松子の声に、岩太郎がモジモジと照れる。
「だって……可愛いんだもん……」
いや、「だもん」ではない。
その言い訳の仕方で許されるのは、小学生くらいまでだろう。
総理大臣、岩太郎は、いつも厳しい顔をした総理大臣で、仏頂面の愛想無しで国民からも知られている人物だ。
その岩太郎が、モジモジと照れながら、あざらしを可愛いと目の前で述べてる。
虎猫屋の紙袋で表情は分からないが……(ていうか、正体がバレているのだから早く紙袋取れ)……きっと頬と赤く染めている。
これは、松子が絶叫しても許されるだろう。はいっ!
「ひゃーーーー!!!」
松子は絶叫するが、さすが国民の血税で用意されたエクストラ超豪華スイートルームだ。全く外に音が漏れ出ることはない。
「意味分かんない。で、大好きなあざらしに囲まれたいから、岩太郎は私にあざらしの飼育係を秘密裏にやれっていうのね?」
「飼育係というか……園長ね。松子さん一人しかスタッフはいないし」
「は?」
あざらしの世話って、何やるんだっけ?
あざらしプールの清掃、あざらしのご飯の準備、あざらしのご飯、あざらしの健康チェック、あざらしのご飯。待て待て、あざらしが病気や怪我をしたら? 獣医師でもない、ただの無職独身アラサー松子には、何も出来ないだろう。
「や、無理だし…え、絶対無理」
「そこは考えているから!」
「絶対嘘だ」
可愛いあざらしを自分の手元に置くことしか考えていない無責任オヤジが、何か建設的なことを考えているとは到底思えない。
スタッフが松子一人ってなんだ。どういうことだ。
「アドバイザーのAI獣医師システム『ソルト君』がいるから!」
「何よそのコンプラぎりぎりの名前は!」
松子の脳裏には、数年前に世間を騒がせた白い機体が浮かぶ。
ペッ……おっと、それ以上名前を言ってはいけない。この小説が凍結してしまう。
ソルト君と対になりそうな名前で人間と同じ大きさのロボットは、数年前に姿を見なくなって久しい。
「ほら、見て! すごいから!」
岩太郎の命令で、ガスマスク迷彩服隊の一人が一台の黒いロボットを連れてくる。
「ペッ……おっと間違えた。ソルト君!」
岩太郎がロボットの名前をギリ間違わずに呼べば、ロボットの目が光り動き出す。
「あ? なんか用か? おっさん」
例の名前を言ってはいけないあの方よりも、ずいぶんと横柄な態度のソルト君だ。
「ソルト君! 紹介しよう。君の上司の富永松子さんだ」
「ちょっと待て岩太郎! 勝手に上司って何だ。引き受けたわけじゃないわよ!」
「上司……ね」
どこの声優さんが声をあてたのだろう。かなりのイケボロボットのソルト君が、ジッとサーチライトで私を照らす。
じっくりとじわじわ舐めるように足跡から頭まで順に照らされて、松子は背筋がゾワゾワする。
「松子……よろしくな」
「クッ! イケボで呼び捨て……」
よろめく松子。
彼氏いない歴の長い松子は、イケボのダメージにその場に倒れ伏せた。
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