第34話

三四



「因果から離れたような殺人術を持った殺人鬼が語る意味の検証理論という名の因果律。さて、あっしらはあのお嬢ちゃんのどちらの側面を本気にしたらいいんでやんしょねぇ」

 春葉がいなくなった道路には、ワイシャツにネクタイの壮年男性がいつの間にかいて、僕の近くに寄ってきて、そう言った。

「命題の意味を明晰にする。経験的手段を規定出来ない命題は無意味。命題の意味は経験的手段という検証方法にほかならない……と、したらでやすよ? 〈世界中のどこにでも神への回路が満ちている〉から出来る〈非圧縮〉殺傷法では、あの殺人鬼の絡繰りを説明できないでやんす。嘘をどこかでついているのかナチュラルなのか。……おっと、失礼。暗闇坂の旦那との会話は我が町の警察が盗聴しておりやして、役所のあっしはその恩恵を授かっている、ということなのでさぁ。で、やんすから、あっしら町の人間は皆、すでに助川と十王の二つの茨城北部の町の〈領域〉にあんたと暗闇坂の旦那が入り込んでなにかやらかそうとしているのも知っていれば、その会話もさっきの会話も全部筒抜けってことでさぁ」

 へへ、と照れた笑いを浮かべながら、役所の人間だという壮年男性は、両手を擦り合わせた。

「あなたは? なんでここにいるのですか」

「何故って、そりゃぁ伊福部岳の雷神様が月待塔へあんたらを案内しろと言うから、あっしはそれに従うだけでさぁ」

「それは、町の意志で?」

「雷神様は東京の警視庁から目の敵にされている一人でやんしょ? 町は動かない、これはあっしの独断でさぁ」

「独断だけど、町の目は〈視ている〉と」

「話が早くて助かりまさぁ」

「はぁ……、疲れた。アシェラさんのいるところに向かいましょう」

 僕が役所の壮年男性が立っているところを通り越して、コンビニのあるという先へと向かって歩いていると、後ろから、

「暗闇坂の旦那は呪術機構のお方。お通しすることはいとわないでさぁ。実際にちゃんと月待塔への入り口は開いておいたし、あとは行くだけ。しかしねぇ、クソガキ。てめぇは助川町の防疫隔離病棟にいたオンナオトコだよなぁ!」

 と、叫ぶ。

「オンナオトコ? なんのこと」

 僕が振り向く。

 そこにはトレーラーハウス並の巨大な鶏のような鳥がいて、そいつが叫んでいたのであった。

 巨大な鶏は二本脚で立って、腕は翼になっている。

 今まで人間だった巨大な鶏が、コケー、と叫ぶ。叫ぶとそのくちばしから人間の腕が一本、腹のなかから伸び出してきた。

「〈通神鳥つかみどり〉って言うんだよ、この災異さいいは。困ったもんだね、るるせくん?」

 そう言いながら僕の進行方向だったコンビニ方向から僕を追い越しながら蘆屋アシェラさんはそう言って現れて、ドライバーズグローブをはめた両手を通神鳥という災異とやらに伸ばす。

 そして、グキュっと、首をねじ曲げて、絞めた。

 苦痛に満ちた叫びがこだまする。聞くに耐えない悲鳴を発しながら、くちばしから血を吐く。だが、くちばしのなかからの腕が、アシェラさんを捕らえる。首をねじったアシェラさんの首を握りしめる通神鳥。アシェラさんは、もだえながらもメモパッドから紙を一枚破り、通神鳥に貼り付ける。

 そして、息を漏らしながら一言、

「おいで、鬼一口」

 と、呼ぶ。

 するとアシェラさんの影からい異形が現れ、通神鳥よりさらに大きな口と顎が顕現化され、その鶏もどきを噛み砕いた。

 骨ががぎょがぎょと粉砕される音が聞こえ、血しぶきがそこら中に噴き出し、周囲の風景を血の色で染める。生臭い匂いと熱が、夏の夜の暑い空気と混じる。

 鬼一口――アシェラさんの式神――が影に戻っていった頃には、猫が鳥を食い殺したときのような羽の残骸しかその場には残らなかった。

 汗を甚平の袖で拭くアシェラさん。

「ふぅ、危なかった。こいつらは災異。災害の怪異だ。正確には怪異が成立するより先に災異の方が先にいたのだけれどもね。逆に危うく絞め殺されるところだったよ。こいつらはみんな疱瘡神ほうそうしんの百のわざわい……すなわち〈百禍ひゃっか〉と言ったところだね」

「疱瘡神の百禍……」

「切り刻んで行こうぜ、オンナオトコのるるせくん」

「あのぉ、なんだったんですか、オンナオトコって」

「いいのいいの、気にしない気にしない。だって、向こうが一方的に僕らを知っているだけで、僕らは彼らを知らない。知らないのに考えても無駄だよ」

「そう……、ですよね」

「そうだとも」

 僕らはコンビニに入る。

 コンビニの入り口が、今宵の宴であるという、二十三夜様の入り口だった。つまり、コンビニ・セイコフマートこそが、〈月待塔〉という異界の、そのゲートだったのだ。

 僕の夏休みの日常なんて、そんなもの最初からなかった。そう思うしかない。今更か。



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