第3話




 曇天の空に飛び立つ鴉たちを目で追う。田舎は都会と違って空が高いように感じた。僕が阿呆みたいに口を大きく開けて鴉が遠ざかるのを立ち止まって観てから、視線を橋の手すりに戻すと、一匹だけ鴉がまだ飛び立たずに、こちらを見ていた。

「この鴉、脚が三本ある……」

 三本脚の鴉。こんな鴉の伝承をアシェラさんが前に語っていた気がした。僕も知っているはずだった。だが、よく思い出せない。知らない土地に放り出される緊張感で、すぐに思い出せることが思い出せない。

 物珍しいことに間違いはないので、目を凝らしてこの鴉の三本脚を眺めていると、ぽつりぽつりと大粒の水滴が空から落ちてきた。手のひらで降り始めた大粒の水滴を受け止める。

「雨だ。傘、持ってないや」

 水滴が落ちてくる頻度が高まっていくと、三本脚の鴉が鳴く。鳴くと同時に雨になった。地面に大粒の雨が跳ね返って、その音が音楽のように響き渡る。

 三本脚の鴉はまた鳴いて、それから大きな翼を広げて何度かその場で羽ばたき、それから飛び立っていった。

 その様子を立ち止まって見ていると、大雨で濡れることに諦めがついた。

 すると、今度は進行方向から、しゃん、しゃん、と、かねが鳴る音がする。鉦は規則的に鳴り、音源が近づいてくる。橋に目を落とすと、向こうの橋のたもとに、四人の男たちが異様な格好をして、ひとりが鉦のたくさん付いた棒を持って鳴らしている。男たちはゆっくりと規則正しく歩いていた。ほかの男たちも杖をアスファルトに打ち付けて音を出している。丸い金属の輪っかがついている、錫杖しゃくじょうだ。金属が鳴っていて、鉦とハーモニーをなしている。

 ボンボンの付いた衣に、錫杖。首から法螺貝ほらがいを提げている。間違いなかった。

山伏やまぶし、だよな」

 このくらいは知っていた。修験道の格好をしている、この男たちは山伏と呼ばれるひとたちだ。

 雨は強くなっていく。山伏……修験道者たちは鉦を鳴らしながら、僕の進行方向を塞ぐように、四人で横並び、近づいてくる。ゆっくり、ゆっくりと。

 僕は震えていた。雨の音に規則的な鉦の音が混じり、ここが異界であることに嫌でも目を逸らせなくさせる。

 不思議ではあるがそれでも今まで目を逸らしていた、僕は、この空間に。きっと蘆屋アシェラさんと一緒だったからだと思う。でも、現在の僕はひとりだ。無力な男性だ。

 大きな雨の水が、僕の赤いTシャツとカーゴパンツを濡らして、全身ぐしょぐしょで。少し長めにした前髪が目に入って染みる。

 目を凝らせばここは異界で。僕はひとりで。

 山伏の一人が、法螺貝を口に持って行き、吹いた。

 鈍く低い音が雨で反響して周囲に響き渡る。

 僕は怖くなって、ははっ、と笑った。橋の先には行かせないと山伏たちが主張しているように感じた。

 から笑いしてから僕は、踵を返す。それから、走った。今までたどってきた道路に、引き返すように。

 山伏たちが履いた草履が雨音に混じって、足音を立てる。走り出したのを感じる。僕が振り向くと、四人の山伏たちが追いかけてくるのが見えた。

 殺される。

 僕はそう思った。

 僕は無我夢中で駆けた。道などもうよくわからなくなっていた。が、それでもよかった。僕は走った。汗が雨に混じる。山伏たちが追いかけているのがわかる。

 走る、走る、走る。

 僕はただ走った、がむしゃらに、無軌道に。持っていたバッグはもう、棄てていた。走るのに邪魔だった。軽くなりたかった。

 鳥居があったので、そこをくぐって、階段を上る。

 なんとなく、神社までは男たちが付いてくることはないような気がしたのだ。

 僕は一息に階段を上った。

 境内についた。僕は本殿の右方向にも社があったので、そっちの裏に隠れようと、向かう。振り向くと、境内まで山伏……修験道者たちは上がってきていた。相手は四人いる。一人に先回りされ、本殿に逆戻りすると、左の社にも男はいて、階段にも男が待機している。

 なので、神社の境内の中央で、僕は山伏の一人と対峙することになった。

「やっべぇ」

 口に出していた。この修験道者たちは明らかに僕を追ってきていて、僕を追い詰めたのだ。

 殺される、と僕は直感した。理由は皆目見当も付かなかったのだが。とにかく、殺される今の事態だけは飲み込めた。


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