第2話



 もらった地図で現在地を確認する。それから僕は、太平洋のある東の方角に向かって歩く。駅舎だった現在地を起点に考えれば、迷わないだろうシンプルな道筋だ。

 しかし自分で言うのもなんだが、足取りが重い。国道に出れば海沿いはすぐで、その海沿いの場所に泊まる民宿があるらしいのだが。

 僕は進むにつれて狭くなっていく道路の歩道を歩く。道が狭くなっていくのに、この先に広いであろう国道なんてあるのだろうか。歩くにつれてやっぱり不安にもなってくる。迷わないはずなのに迷った感覚に結局支配されて不安が蓄積される僕。

 路肩には長い雑草、雑木の枝などが飛び出している。二の腕に樹の枝がぶつかって痛い。自動車が通るだろうと思って歩道の端を歩いているが、自動車どころか自転車も歩行者もすれ違うことさえない。

「ここ、本当に異空間になったんじゃないかなぁ」

 僕の呟きが路肩の先の雑木林に吸い込まれていく。

「はぁ。駅がなくなっちゃったの、〈道祖神術式〉って言ってたけど、アシェラさんが言う〈術式〉って、もしかしないでも確実に〈呪術〉のことだよなぁ。だって、アシェラさんだもん。おかしいと思ってはいたんだよな。一緒に旅行に行こう、お金は僕が出すから、なーんて言い出すんだもんな。あのアシェラさんだぜ? 僕はバカだ」

 そう、僕はバカだった。陰陽道とか呪術とか、なんかそういうのをフィールドワークしているおかしな高校生である蘆屋アシェラさんだぞ。旅行や旅と行ったら〈そっち〉関係に決まっているじゃないか。旅行に無料で行けるとホイホイついて来てしまった僕は圧倒的なほどの大バカ者に違いなかった。

 歩いていると大きな川があって、橋が架かっている。

「助川っていうくらいだから川があるんだな。川沿いに向かえば下流に行くんだから海に着くよな、きっと。アシェラさんからもらった地図でまた確認しよう」

 四つ折りになった紙の地図を広げ、再び見る。

「あったぞ。川だ。んん? 十王川? 助川じゃないのか。いや待て。降りた駅、助川町だったよな? この地図おかしいぞ。十王町の十王駅周辺マップってなってる」

 橋のたもとの柱に書いてある川の名前も、たもとの看板にも、『十王川』と書いてある。今僕がたどってきたとおぼしき道を指でなぞって駅舎まで進めてみると、その駅は『十王駅』だった。そもそも渡された地図には、助川駅なんてなかった。あるのは十王駅だけだった。

「どういうことだ? 最初からここは十王駅だったのか。そうだよな、そうじゃなきゃ地図が十王駅周辺マップなわけないよな」

 橋の名前をチェックする。川根橋、と書いてある。と、なるとここは川根橋なんだろう。案内板と橋と地図を照合するが、ここは十王川に架かる川根橋という名前の鉄橋だった。近くの大きな建物をチェックするが、農協でやっているらしいガスセンターの、工場みたいな外観の建物が地図通りにある。この橋を渡ってから川沿いの道をたどると、伊師浜と呼ばれる浜辺があり、そこに民宿がある、ということだった。

「こりゃわからない。地図通り行くか。記載されていること自体は間違っていないっぽいから、あとでアシェラさんを問い質そう」

 ホームに降り立ったとき、そこは確かに助川駅だったはず……だけど、もう、確信が持てない。駅舎がコンクリートの塊になったことから、ここが異世界である可能性すらあるが、呪術かなんかで地図までバグって内容が変化したと考えるか、アシェラさんが最初から十王という土地の地図を用意していたと考えるのがいいのかわからない。

「とにかく、僕の認識とズレがあるな」

 顎に手をやり、ふぅむ、と唸ってから、考えることが無駄だということに思い至り、僕は橋を渡ることにした。

 ひとは通らないが、橋の上に止まっていた鴉が数羽、翼を広げて飛んで行った。その空を見上げると、曇天だった。ひと雨降りそうな気配がする。


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