第29話
二九
「アシェラさーん、埋もれ木細工、ありましたよ!」
宮城県の温泉郷にある観光案内所内で僕は叫んだ。
「大きな声はよしたまえ、るるせくん」
ため息を吐くアシェラさんは、こっちを見て肩をすくめる。
「アシェラさん、これを観たくてここへ来たんですよね。無料で旅行に行けるってんでホイホイと付いてきた僕はラッキーだった。ヒャッハー」
「違うよ、るるせくん。この地には昔、
「説明調台詞は嫌われますよ〜」
「説明しないと僕の父の蘆屋探偵事務所に来た依頼を、一文字も覚えていないだろう、るるせくん」
「確かにそうなのですがアシェラさん。僕は探偵事務所の人間じゃないです」
「蘆屋探偵事務所のお茶汲み係の成瀬川るるせくんじゃないか」
「酷い! ていうか、その上人洞伝説とは?」
「磐司磐三郎と磐次郎が生まれた洞窟である上人洞で、誰もいないのに読経が聞こえる、というものだ」
「鬼屋敷の再来ってのは?」
「鬼屋敷付近の謎の読経で発狂するらしい」
「うひー」
「大規模災害は磐司磐三郎と磐次郎という悪鬼の祟りで、被災したときに僧侶が読経して歩いたんだとさ。でも発狂事件は今、僧侶と関係なく起こっている」
木の化石で出来た地元の工芸品、埋もれ木細工を買うアシェラさん。
「発狂するなんて妖精かなんかの仕業としか思えない、僕には」
「案内所のお姉さんに鬼屋敷の場所は聞いたよ。矢投坂という場所で、交通の要所だそうだ」
「じゃあ、誰が声を出しているんですかね、アシェラさん。大人のむふふな社交場にでもなってるのかな」
「なんだい、そのむふふな社交場って。るるせくんは発言がこれだから社会的信用がないのだよ」
「ほっといてくださいよ!」
「さ、鬼屋敷に行ってみよう」
☆
温泉郷は観光地だけに土地の再整備を急いだみたいだけど、土砂災害の爪痕がそこいらに残っていた。普通のひとにはわからない程度だが、僕はバイトで交通警備員をやっていたことがあるので、ちょっと観ればそれくらいはわかる。
鬼屋敷を前にして、僕はアシェラさんに尋ねる。
「屋敷には誰もいないし、それに誰が発狂するんです? 観光客はバス移動だから歩いていませんよ」
「ま、現場はわかったことだし、僕らも宿にチェックインして温泉に入ろう」
「まるで現場を観ただけで即座に理解した風じゃないですかぁ」
「そうだよ、もうわかったよ。本当はるるせくんにも、わかったんじゃないかな」
「どういうことです?」
「温泉に入ってから、コーヒー牛乳でも飲もう」
「へいへい、わーりましたよーっと」
☆
温泉をたっぷり堪能すると夜になった。老舗の温泉宿で、アシェラさんは公安からの許可証を見せて、湯治のため長期滞在しているひとのリストを見せてもらった。
「このなかに夜のウォーキングを日課にしている方がいますね?」
フロントのひとにアシェラさんが尋ねる。
「いますよ。その方ならちょうど出かけるいつもの時刻です。ああ、あの方です」
フロントのひとが指さす人物は、五十がらみのひげ面のおっさんだった。
「追うよ、るるせくん」
「おっさん、読経とも発狂とも関係なさそうな顔してますよ。ザ・労働者、って感じ」
「関係あるかないかの君の基準は、僕にはわからないな、るるせくん」
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