第28話

二八



 僕の枕元、ななみちゃんのそばでは豚さんの陶器の器に蚊取り線香が入っていて、蚊取り線香は薄く煙を吐いている。独特の、夏の香り。そういえば今は七月で、僕とアシェラさんは高校二年生の夏休みに入ったばかりなのだ。ああ、夏休みの宿題をやらなくちゃなぁ、なんてぼんやりとあたまに浮かび。でも、運命は僕らをどうやら普通の高校生とは趣の違う自由研究に向かわせたいらしい。

「天文密奏とは、異常な天文現象が観測された場合に、その観測記録と占星術による解釈を内密に君主に対して上奏することを指す言葉だ」

「誰が、それを感知したって言うんですかぁ。茨城県で陰陽師だか修験道の裏鬼道衆が感知したとしたって、ここに僕らがいる理由にはなりませんよぉ」

「その通りだよ、るるせくん」

「は?」

「いいかい、天文密奏は占術、つまり星を観測して割り出しているんだ。知識のある者が観測すれば誰だって割り出せるよ。だからもちろん東京は……それは政府もそうなんだろうけど……僕が懇意にしている元麻布呪術機構でもお見通しだった。茨城県北部の助川町周辺で〈災異〉が現れる、とね。なのでその〈災異〉という〈病巣〉を〈摘出〉するために、僕は元麻布呪術機構から依頼を受けて、ここに来た。僕は茨城の知人に東北の仙台まで行って手土産品を手に入れ、関東まで戻ってそれを持参してやってきたんだよ」

「僕はアシェラさんが仙台まで旅行するって言うからついてきたんですが」

「それはいわゆる、ブラフだよ。茨城県北部が本命だ、最初から」

「ひ、ひでぇ。酷いよ、アシェラさん」

「あはは」

「全くもう。災異っていうのがなにを指す言葉なのか知らないし、知らないと病巣摘出っていう意味が、なにをどうしたいのか僕には通じそうにないですが、あのですねぇ、今いるここは十王町という地名っぽいですが、結局のところここはどこなんですか。助川町? 十王町? 町が入れ替わるトリックなんですか。降り立ったときは駅舎は助川町だった気がするのですが」

 腹部の痛みは和らいではいるが、それでも痛さで汗をかくほどである。だが、痛みを訴えるのは贅沢かもしれない。ちぎれた腕が元通りになったんだ、それでよしとしなければ。だが、さっきアシェラさんが発動した、漫画なんかでよく見るあの魔方陣っていう奴での僕の回復と、それでも僕の腹部の傷が治せなかったことは、アシェラさんの口ぶりから〈白梅春葉に関係している〉と僕は踏んでいる。それも聞き出さなきゃ。

 二十三夜様、というなにかイベントのようなもので月待塔とかいう場所に僕らはこれから向かわなければならないのだったか。向かうまでにどのくらいの時間があるかのかわからないけど、今聞き出せる情報は引き出しておかないと。

 僕はアシェラさんに巻き込まれてここに来てしまったこと自体は事実だ。

 だが。

 この土地に白梅春葉がいて。

 僕が春葉と、もう一度ちゃんと再会出来るというならば、話は別だ。

 僕は……なんとしてでも、春葉に伝えないとならない。「僕は君のことが好きで、ずっと君を追っていた」と。それを僕は、伝えないとならないんだ。


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