第27話

二七



 割烹着の少女、ななみちゃんは正座をしながらアシェラさんと僕を見て黙っている。どうやら、僕がアシェラさんとしゃべるターンなのだろうな、と僕は思う。

「僕らを襲ってきた裏鬼道衆っていうのは一体なんなんですか、アシェラさん」

 月に照らされて、団扇を仰ぐアシェラさんはクスッと笑う。

「るるせくんは三国志って読んだことがあるかな」

「三国志演義……じゃないな、それを日本人好みにした吉川英治三国志ならば」

「卑弥呼が魏に使いを送るだろう。よく勘違いされるんだけれども、魏が出来たのは後漢の十四代の皇帝を廃した曹丕なんだよ、曹丕が魏の初代皇帝。曹操に使いを送ったわけじゃないんだね。曹操の頃はまだ後漢時代なんだ。それで、使いを送ったことは三国志魏書倭人伝に記述がある。そこには、卑弥呼という〈倭国の女王〉は、〈鬼道〉と呼ばれる呪術を使ったという内容のことが書かれている。そこから面々と受け継がれているのが鬼道であり、派生したのが裏鬼道なんだ。卑弥呼ってのは、シャーマンで、神がかりになって託宣たくせんを述べて、その託宣をもとに政治が動いていた。神の依り代という役割を卑弥呼は担っていたんだね。るるせくんも知っていると思うけど、ずっと経ってから出来た大和朝廷は占筮せんぜい暦法れきほうを独占した」

「知らないですよ〜! 占筮せんぜい暦法れきほうって、一体なんですか」

「占いとカレンダーだよ。これを朝廷が独占することによって、この国を〈支配〉出来たんだ。カレンダーは例えば、農作物を育てるときに必要だろう? 占いは、まつりごとの、〈そのもの〉なんだ、卑弥呼の頃にはすでに、ね。この国は祭祀国家であり呪術国家である。それは今もそうだ。この現代においても、ね」

「独占って、どうやって独占するんですか」

「陰陽寮というのをつくったんだね。律令制において中務省に属する機関のひとつ。占い・天文・時・暦の編纂を担当する部署だ。占いと天文、時間とカレンダー。この機関である陰陽寮には陰陽師という科学者であり呪術師である者たちがいて国政を助けていたわけだ。だが、実は、この〈呪術体系〉である〈陰陽道〉の〈術式〉は、完全には独占できていなかったとも言えるんだよね。仏教の、〈密教〉っていう流れは今も残っているだろ。天台と真言だ。でも、その前に大陸に渡った僧侶は、アルカイックだった頃の密教である〈雜密ぞうみつ〉と呼ばれるものを本朝に持ち帰っていた。その雜密の流れのひとつが〈陰陽道〉であり、もうひとつが〈修験道〉だった。国が陰陽寮をつくって、そこで先鋭化した陰陽道と対になるのは、〈山岳信仰〉と呼ばれる〈術式〉などを吸収した複合スキルを持った〈修験道〉と呼ばれる呪術体系の〈術式〉だ。卑弥呼が使った〈表〉の〈鬼道〉とは違って様々な術式を吸収した複合術式である修験道の一派に、陰陽道の奥義、例えば〈天文密奏てんもんみっそう〉などを変奏したスキルをたくさん使える、〈裏鬼道〉という集団が存在していた。裏鬼道こそが、結果的に卑弥呼の鬼道を引き継いだ、とも言える。そもそも、大和朝廷と折り合いが付かないだろう、その前の〈倭国〉の後継者たちなんだから。そいつら、卑弥呼の後継者である裏鬼道の術者たち裏鬼道衆は、表の陰陽道のその〈裏側〉で、この国、日本国の政の流れを操る位置にいて、暗躍していたんだ」

「むむ、なんだかすごく難しい話だぞ」

「まあ、語っているのは日本の〈裏の歴史〉のダイジェストだからね。あたまのなかにすんなりと入ってくるでもないだろうさ」

「で、なんでその裏鬼道衆が、僕らを襲ってきたんですか。そもそも、ここはどこ?」

「ここは茨城県だよ、茨城県の北部」

「なんでその茨城県で僕は裏鬼道衆っていう奴らに襲われなきゃならないのですか、アシェラさん」

「〈天文密奏てんもんみっそう〉が〈災異〉を、感知したから、だろうなぁ」

「よくわかるように説明してくださいよ」

「今宵の月は、綺麗だね。綺麗な……赤い月だ」

「話を逸らさないでくださいよ〜」


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