第14話

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 二把ちゃんと骸川は先に帰った。僕は携帯ゲーム機を取り出し、ゲームをプレイし始めた。

「アイスコーヒーの氷が全部溶けてるぞ」

 僕の向かい側に、かぷりこが座りながら、そう言った。

 自分が飲む紅茶のカップも持ってきて、座る。ウェイトレスをする気があるのかないのか不明なのはいつものことだ。

「骸川家って、僕は知らないんだけど、かぷりこは知ってるか?」

「知らないわけねーだろ。名家だよ」

「そうなんだ……」

 ゲーム機を僕はスリープさせた。

 苺屋かぷりこは話を続ける。

「没落貴族さ。金がないのは今に始まったことじゃねーと思うけどなー」

「ふーん。かぷりこには縁談とかないの」

「どーせ、いい歳になったら政略結婚だろーよー。うんざりだぜ」

「そりゃ、確かにうんざりだな」

「政略ではなくても、お節介なことに男と女くっつけるのが大好きなおばちゃんってのがいてな、あたしのまわりではそういうおばちゃんの伝手で男と付き合うってのも、多かったんだぜ」

「おばちゃん?」

「学校の先輩とかな」

「おばちゃんと言い切るか。数歳しか違わないわけだろ」

「男女くっつけて喜ぶのはみんなおばちゃんだ」

「ふむ。違いないな。で、そういうのにくっつけられて男と付き合っているわけだね、かぷりこは」

「いや、おまえ、話聞いてたか? 嫌なんだよ、あたしはそういうのが。そのうえ、政略結婚とか持ち上がるのも実際、あり得るし」

「人生はくそったれだな」

「珍しく気が合うじゃねーか。まあ、るるせみたいな貧乏人で頭の悪い奴と付き合おうって女はいるわけねーし、おまえとは無縁な話だよな、結婚なんて」

「なんか、めっちゃ酷いこと、今、僕に言ってない?」

「縁談の相手側が持参金を持ってきた、と。骸川家としては受け取りたいわけだ、家計が火の車だから」

「火宅の人ってねー。ちょっと違うけど」

「檀一雄、か」

「『火宅』って、仏教説話で、燃え盛る家のように危うさと苦悩に包まれつつも、少しも気づかずに遊びにのめりこんでいる状態を指すんだってさ」

「なんだ、るるせ。家宅って言うなら骸川だけじゃなく、遊びにのめりこんでるのはおまえも同じじゃねーか」

「違いないな」

「骸川の家は持参金だけじゃなく、相手は縁談で企業を合併とかもするんだろう。悪くない話だ。でも、骸川は断った」

「二把ちゃんを愛してるからだってさ。火宅の条件に当てはまりそうだよね」

「るるせに金を借りるってのはなんだったんだ? 金、ないだろ」

「ない。意味がわからない」

「また探偵とそのご子息にるるせがすがるとでも考えてたのかもな。あの探偵なら金をどこからか調達してきそうだ」

「あとが怖いよ、……調達はしてきそうだけどね」

「でも、探偵の名前も出さずに終わったな」

「うん」

 かぷりこは紅茶を飲む。

 僕もストローでアイスコーヒーを飲む。アイスコーヒーはすでにぬるくなっていた。

「ところでるるせ」

「なんだ、かぷりこ」

「わざわざ彼氏を紹介して、その彼氏が金がない、縁談が持ち上がってる。縁談成立で家が助かる。あと、るるせに初対面で金を貸せと言う」

「ふむ」

「いいか、るるせ。そんなダメ男をわざわざ紹介してきたってことは、だ」

「ふむ」

「二把はおまえに彼氏から自分を奪ってほしかったんじゃないのか」

「それはないよ」

「断言できるか? 断言してもいいのか、それを」

「僕のことが好きな子なんていないさ」

「それもそれで、自分から逃げてるって言うんだぜ。助けてほしかったんじゃないのか、るるせに。……この話が、悪い結果にならなきゃいいな」

「全くだよ」

「火宅……燃え盛る家のように危うさと苦悩に包まれつつも、少しも気づかずに遊びにのめりこんでいる状態、…………か」

「かぷりこ。君はいつだって聡明だよ。でも、考えすぎだ、とも言える。アシェラさんみたく飄々としてた方がいいんじゃないか」

「あの探偵のご子息さんはよ……明晰すぎるのをごまかしてああしてるんだろうが、あたしはそうはなれない。そもそも明晰ではないし、ガラじゃない」

 僕はストローでアイスコーヒーを思い切り吸い込んだ。

 ガムシロップの甘さと珈琲の苦さが絶妙だった。

「蘆屋アシェラは、危険すぎる」

 苺屋かぷりこは、紅茶を飲み干してから、自分に言い聞かすように言った。それは、かぷりこがアシェラさんを探偵として気にしている、ということの顕れでもあった。

 けど、僕はそれをスルーすることにしたのだった。



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