第15話

15



 僕には〈魔法少女〉の知り合いがいる。

 その魔法少女結社・八咫烏やたがらすのメンバー、鴉坂つばめちゃんの買い物に付き合って、渋谷へ行くことになった僕なのだった。

 アパートで隣の部屋の呼び鈴を鳴らす。

 返事なし。

 僕はドアの奥へ向かって、

「つばめちゃーん」

 と、間の抜けた声で鴉坂つばめちゃんを呼ぶ。

「待つぽよ」

と声がして、しばらく部屋の中からガタゴト物音がして、止んだかと思うと、ドアの施錠が外されて、つばめちゃんが出てきた。

「待つぽよ、って。その語尾はどうかと思うよ。無理にキャラ作らないほうがいいよ」

 僕が感想を述べると、

「るるせの意見は聞いてない! キャラ付けもしてない! 断じて!」

 と、切実な声音で、キャラ付けを否定するつばめちゃんなのだった。

「つばめちゃんの部屋の中、どうなってんの」

 なんかお香の香りがしたので聞いてみた。

「乙女は秘密に満ちているのよ。乙女の部屋も同じ」

「え? ここからでもタペストリー見えるけど。……ボーイズラブゲームの……げはふぅっ!」

 みぞおちを喰らった。

 ゴホゴホと咳き込む僕は、ボーイズラブゲームのタペストリーのことは忘れることにした。

 ピンクドレスのつばめちゃんは僕をズビシィッと、指さす。

「今日のこれはデートじゃないんだからね!」

「なぜにツンデレ……」

「いいの! 放っておいて! さぁ、行くわよ!」

 僕らは井の頭線で渋谷へ行くことにした。

「渋谷へ行くの、久しぶりだなぁ」

「わたしもよ。でもね、いいかしら。わたしに手を出したらブッコロがすからね」

「はいはい。わーりましたよぉー」

 環状八号線を歩いて、高井戸駅に着く。ICカードで改札を抜ける。

 電車は五分と待たずに来たので、僕とつばめちゃんはそれに乗った。



 電車に揺られながら、話題を探した。

 話題は特に見つからなかった。

「ねぇ、るるせ。風花が最近、落ち込んでいるのよ」

「アパートの管理人の妹の雛見風花ひなみふうかちゃんのこと、だよね?」

「そう。鏑木盛夏かぶらぎせいかの義理の妹の風花よ」

 どうやら会話がないので、話題を出してくれたらしい。つばめちゃん、心得ているな。

 でも、楽しそうな話題ではなさそうだ。

「風花、なにか悩んでいるみたいなのよね」

「ふーん」

「気にならない?」

「まぁ、それなりに」

「煮え切らないひとね、成瀬川るるせ。少しは気にかけなさいな。数少ない友人の一人でしょ」

「それを言われると、……うん。そうだね、数少ない友人の一人だ。つばめちゃんも、僕の少ない友人の一人だけどね」

「わたしのことはどーでもよろしい。これから買い物に付き合ってもらうし」

「風花ちゃん、どうしたの」

「とってつけたように尋ねるアンタは単細胞ね、るるせ」

「聞いてほしいのか聞いてほしくないのか、わかんないよ! で。風花ちゃんの悩みの原因、わかってるんでしょ」

「わかってるとなぜわかる?」

「だってつばめちゃん、魔法少女でしょ」

「今はこうして日常に溶け込んでいるけどね」

 まあ、魔法少女だからわかるってのも、理由になってないけどな。

 電車は揺れる。

 僕たちは座席に座って、会話を続ける。

 客はまばらだ。

 平日だからかもしれない。

「風花は、二把のことで、悩んでいるみたい」

「二把ちゃんのことで?」

「仲が良いのよ、あの二人」

「確かに。そうみたいだね」

「一人で悩みを抱え込むのが風花という娘。自分の悩みのように、他人の悩みを抱えて、解決しようとする。ウザがられるっていうのにね」

「そんな雛見風花ちゃんをバカだ、とは思わないでしょ、つばめちゃんは」

「そうね。でも、応援もなにもできないわ、あの生き方を、ね」

 僕らは無言になる。

 トンネルに入る。

 車内アナウンスが鳴る。

 電車は神泉まできていた。

 次は終点、渋谷、というアナウンス。

「庭似二把。あの娘は、どうしようもない娘よ」

「どうしてそう思うの」

「勘で言ってるわけじゃないのは、本当よ」

「勘で言ってるだけだったほうが良かったね」

「神様ってのは、いつもいじわるなものよ」

「いじわる、か」

「あの蘆花公園の近くの探偵は、神に抗っているのかもしれないわ。いじわるな神様に、ね。わたしもああいう風に生きたかったものだわ」

「ふーん」

「最低な二把に対しても、優しい風花に対しても、神様はいじわるばかりする。抗いたくもなる。実際に抗うと」

「抗うと?」

「あの探偵のように、触れた者を切り裂く鋭さを持つプラグマティストになる」

「プラグマティズムか……。的は外してないな」

 電車が、駅に到着する。僕とつばめちゃんはマークシティ口から外に出る。

 久しぶりの渋谷だ。



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