第25話

二五


「蒲牢の姿は、釣鐘つりがねの飾りに使われている。火の見櫓みやぐらなどで音を鳴らす釣鐘の、ね」

 そう言いながら、アシェラさんは丸い筒のところまで行き、筒をつかみ取る。

「凶器……いや、〈偶然〉凶器になってしまったのは、この筒。ブルートゥーススピーカーさ」

「意味が分かりませんよ、アシェラさん」

「この密室の正体は、遠隔殺人。正確には、ここでは殺人の意図はなかったとは言えるのだろうけどね」

 きょとんとする僕。

「ここでは? ブルートゥーススピーカーって、音楽プレイヤーをワイヤレスで遠くから繋いで音を鳴らすスピーカーですよね。どういうことです?」

「そのままの意味さ。音楽に良くも悪くも縁があるとなってしまうことがある症状がある」

 周囲が静かになる。ここにいる全員がアシェラさんに注目している。

 アシェラさんは言葉を紡ぐ。

「それがパロキシマの一種である『音楽誘発性発作』だ。〈そのひとにとってのある特定の音楽が鳴らされると発作が起こる〉んだ。これを『音楽誘発性発作』と呼ぶ。誘発する音楽は様々だが、『思い出の音楽』でなることがある。この発作が起こると、運が悪いと、死ぬ」

 僕にも合点がいった。

「そっか……、青野氏には思い入れの〈ありすぎる〉曲が存在する! 青野さんにお風呂で聞いた、『2人だけのなつメロ』が『思い出の音楽』ですね!」

 アシェラさんはツツジに訊く。

「どうやら隣の部屋らしいじゃないですか、ツツジさん。さっき青野さんとそこのるるせくんの会話でそう言ってましたよ、青野さんが、ね。ツツジさん。あなた、音楽プレイヤーをこの部屋のスピーカーに接続しましたね。そして、当時青野さんの首を絞めながら流していた『2人だけのなつメロ』をここで流した」

 顔をしかめるツツジ。

「くっ!」

「嫌がらせのつもりだったのでしょう、〈これ自体〉は。その後、どうする気だったかは知りませんが、ね。だが、青野氏は『音楽誘発性発作』という〈発作〉を起こして、死んでしまった。二人で性行為を行うときに聴いていたという〈性刺激を誘発する〉思い出の曲で発作を起こして」

 ツツジは、叫んだ。

「そうよ! 今夜、殺すつもりだったのよ! あの助兵衛男は、報いを受けるべきだったのよ! 許せなかった! でも、昔一緒に聴いた音楽を聴いただけで死んでしまうなんて」

 ツツジは「キャハッ!」と、狂った笑みをこぼした。

「死なないようにじわじわ首を絞めつけていた頃が懐かしいわ。それはもう、甘美だったのよ、私にとっても、彼にとってもね。首を真綿のように締め付けてするセックスは最高だったわ。なににも代えられない快感がいつも襲ってきた。〈二人のなつメロ〉が鳴る、そのなかで行う情事。思い出しただけで今もゾクゾクするわ。……その女じゃ味わえない快楽を、私なら与えられたのよ。死んでしまったら与えられないけれどね」

「狂ってる」

 僕は呟いた。だけどアシェラさんは、

「男と女なんて、わからないものさ」

 と、僕に返した。それに続けてアシェラさんは、

「もうじき宿の人が呼んだ警察が来るだろう。これは僕らの事件じゃないよ、るるせくん。〈ホワイダニッド〉についての、これ以上の深入りは厳禁だよ」

 と、僕を制した。ホワイダニットとは、動機のことだ。

「どうしようもならんもののが、どうにかなる。今回も、どうにかなるだろう。でも、それは僕らの事件じゃない」

 冷たく言い放つアシェラさんはやりきれない顔をしていて、僕は戸惑う。

 部屋ではまどさんが泣いていて、ツツジが高笑いしている。


「湯冷めしそうだ。るるせくん、もうひと風呂、浴びてこようか」

 アシェラさんは彼女らを一瞥してからそう言って、哀しそうに微笑んだ。

 やるせない事件だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る