第26話

二六



「保養地である助川町と、その名の通りの地獄である十王町。やっぱり助川町に点在する防疫隔離施設で亡くなったらお隣の町にそのひとの魂が移って地獄の十人の王たちに裁きを受けるシステムなのかな。閻魔大王こと地蔵菩薩は嘘吐きの舌を抜くんだよね、浄玻璃鏡じょうはりのかがみで現実を映し出して、ね」

 茨城県十王町の、そこは民家……いや、僕の勘ではそこは民宿だった。

 ここが僕とアシェラさんが落ち合う場所だった〈鵜呑岬うのみさき〉なのだろう。雨はすっかり止んでいて、雨の日特有の赤い月がぽっかり曇り空に浮いている。

 横開きになった障子とガラス戸の外、縁側に座って、アシェラさんは団扇片手に月を眺めている。僕の方は観ていない。けど、意識が戻った僕に話しかけていることは明白だった。

「痛っ」

 布団に寝かされていた僕が掛け布団を持ち上げるとともに上半身を起こしてみると、腹部に激痛があった。

 それ以外は今のところ正常だ。ちぎれた右手も元に戻っている。

「悪かったよ、るるせくん。腹部の傷だけは僕じゃ治せなかったよ。これ、何気に凄いんだぜ」

 そこまで言うと、声をかぶせるように、幼さの残る口調の、ぶっきらぼうな声で女の子がアシェラさんに質問をぶつける。

「なにが凄いのさぁ、〈暗闇坂〉の呪禁師さぁん」

 女の子を観る。その子は割烹着を着ている。女の子は僕の布団の枕元に正座していて、僕の顔を見下ろせる位置で、遠くにいるアシェラさんとは向かい合うように、正座を崩さずに質問していた。おびえることも怖じ気づくこともまるでそんなそぶりはない。ナチュラルに、質問は放たれる。

「なにが凄いって、とにかく凄いんだよね、僕の回復術式で全く治せない傷ってそんなにはないからさ」

「ふぅん」

 と、女の子。

 僕も訊く。

「〈暗闇坂〉ってなに? どこ?」

 まず、そこからわからない。

 アシェラさんではなく、それには女の子が答える。

「〈元麻布呪術機構〉のぉ、〈奈落図書館クラブ・タルタロス〉のある場所がぁ、元麻布にある暗闇坂ってぇいう、地名の坂なのさぁ。そこの団扇仰いでいる呪禁師の所属している組織を、地名で呼ぶのが無難なのさぁ。だって、言葉は呪いそのものだからねぇ」

「なるほど。で、君、誰?」

「わたしはやくしまるななみぃ! この民宿・鵜呑岬の女将の妹さぁ!」

「民宿に、たどり着いたのですね、僕たち」

 と、僕。

「どうにもならんものがどうにかなる。るるせくんはもうダメなんじゃないか、とこの僕でさえ思ったよ。実際には腕がもげても減らず口をたたいていたわけだけれども。どうにかなって良かったよ」

 そう言ってこっちも見ないで笑うアシェラさん。

 さて、と蘆屋アシェラさんは言ってから、今後のことを話し出す。

「どうやら僕らには今日を含めて三日しか猶予がないらしい。今宵は二十三夜様にじゅうさんやさま。さっそく〈月待塔〉へ向かうとしよう。僕らにはあまりに時間がない。リミットは今日を含めて三日後。その間に僕がこの二つの町の〈病巣摘出〉をしなければ、タイムオーバーで地図ごとここに住む人間や居合わせた人間がみんな消滅して死ぬことになる。だが、今夜は上手い具合に二十三夜様っていうイベントの夜。十王の十人の王様、には会えないとしてもその配下には会えるのは間違いない。何故って、それは町が未曾有のピンチだからね」

「専門用語がなにひとつ僕にはわからないのですが」

「素直でよろしい」

「得意分野ですもんね、アシェラさんの。僕にはさっぱりだ」

「月が完全に昇るまでには時間がある。夕涼みをしながら話そう」

「腹部の傷は?」

 そのタイミングでアシェラさんはくるっとまわって僕とやくしまるななみちゃんの方を向く。アシェラさんの目と、僕の目が合う。

「そのことも話すよ。さすがだよ、さすが水戸徳川家。茨城県は徳川幕府時代、徳川御三家のひとつ、〈水戸徳川家〉だったことをまず、しっかりあたまのなかに入れてくれよ? 話はそこからだ。そして、きっと終わりも。そうなるだろうな」


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