第21話

二一



 マグマに飲み込まれたとき、失読症に陥ったときと同じあの悪魔が、僕になにかを囁いた。囁きはあたりに反響し、僕を取り囲み、狂気の世界へと誘おうとする。

 我慢していたが、そのうちに耐えきれなくなってくる。

 僕は、高笑いをしながらのーみそが破壊される、ぷつり、という糸が切れた音を聴いた。

 僕は笑い続けた。嗤っていた。嗤う狂気と溶け合うマグマ。その只中で、僕はおなかの痛みがぶり返してきたのを感じた。

 痛みは僕に語りかける。その声は小さく、なにを言っているかわからない。だが、それが白梅春葉が発した声だという確信だけがあった。この腹部に傷を付けたのはほかの誰でもない、僕の初恋の相手、殺人鬼シリアルキラーの白梅春葉だからだ。

 あの赤色黒曜石の効果……。厄災から守ってくれているのか。〈魔除け〉が、この傷に刻み込まれているのか。

 僕の傷痕が疼く。

 僕は嗤いが収まると、まどろみのなかに落ちる。マグマのなかをたゆたう。

 ここは魔方陣の中。

 地中深くで、僕はこの世界と同化した。確かに同化した。

 だが、分離のときが訪れる。

 ちぎれたはずの右手は身体と繋がり、ボロボロだった身体が癒やされていく。

 そして、引きずり上げられる感覚があった。


「げはぁっ。げほげほ。おえぇ」

 吐きそうになりながら、僕は魔方陣で出来たマグマから引き上げられた。僕の手を取り引き上げたのはもちろん、蘆屋アシェラさんだった。

「旅行をすると君はいつもこうだよ、るるせくん?」

 ああ、僕はなんて情けないのだろう。

 僕は徹底的に弱い。

 そうだ、例えば、あのときの、アシェラさんとの旅行。

 冬に行った福島県への旅行が、やっぱりそういうものだった。

 僕は意識が薄れるなか、冬にアシェラさんと行った温泉旅行のことを思い出していた。福島県の、湯本温泉旅行で遭遇してしまった、殺人事件のことを。



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