第22話

二二



「湯本って駅の中に足湯があるんですね、アシェラさん!」

「るるせくん、子供のようにはしゃぐのはやめたまえ。みっともない」

「わぁい!」

 僕とアシェラさんは今、福島県の湯本温泉に来ていた。ここは湯本駅。駅に降り立った途端、足湯がある。これで僕、成瀬川るるせがはしゃがないわけがない。

「父の助手の姫宮くんがスーパーの福引で温泉のペアチケットをあてたはいいけど、なんで僕がるるせくんと来なくちゃならなかったんだ……」

「ヒャッハー!」

 僕は靴と靴下を脱いで足湯に脚を突っ込んだ。

「うー。最高!」

「君は蒲牢ほろうじゃないんだから、静かにしたまえ」

「蒲牢ってなんです?」

「竜の生んだ九匹の子供のうちの一匹のことさ。吠えることを好む。クジラに襲われて吠えるとも、クジラが吠えるのを好むとも言われている」

「吠えるのも吠えられるのも好きなんですねぇ、蒲牢って」

「腕時計の竜頭りゅうずってあるだろ。あれは蒲牢のことなんだ、本当はね。機能的になって蒲牢の装飾が抜けたのが、今の竜頭だよ」

「ふーん。ま、いいや。ヒャッハー! 足湯気持ちいい!」


「お隣、よろしいですか」

 僕が横を向くと、若いカップルがいた。僕ははしゃぐのをやめて、カップルと足湯につかる。


「あなた方はどこの宿ですか」

 カップルの男の方が訊いてくる。お洒落な色男だ。

 どこの宿か、っていうのは、僕とアシェラさんが今日、どこの宿泊施設に泊まるか訊いているのだろう。僕は答える。

「古池屋って宿です」

「奇遇ですね。僕らも古池屋なんですよ。ここは良いところですよね。あ、失礼。僕は青野英あおのひでと言います。彼女が」

 と、青野さんは隣を指さす。

「恋人の阿加井あかいまど、と言います」

 青野さんの隣の女性が僕に頭を下げて挨拶をする。

 青野さんは僕に言う。

「僕は音楽ライターをやっていて。あなたがたは普通の方とちょっと違うので、気になったんですよ。プロの勘、ですね。それで声をかけたのです」

 足湯に入らないアシェラさんがため息をつく。

「るるせくんがヒャッハーなんて叫んで、騒いでいるから普通と違うと言われるのだよ」

「うぅ、すみません。これじゃ蒲牢だ」

「蒲牢?」

「あ、いえ、なんでもないです」

 足湯で僕は青野さんの音楽ライターの仕事の話をしばらく聞きながら足湯でリフレッシュした。

 青野さんとまどさんのカップルは先に宿へ向かい、僕の方はその後もしばらく足湯を楽しんだ。アシェラさんは足湯にはつからず、僕にあきれていた。全く、素直になって旅行くらい楽しめばいいのになぁ。


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