第23話

二三


 古池屋に到着した僕らは、部屋のチェックインをした。ロビーにはさきほどのカップル、青野さんたちがソファに座って談笑していた。

 と、そこへ、宿の入り口の自動ドアから入ってきた女性が、一直線に青野さんの元へ近寄った。顔を上げた青野さんに、女性は平手打ちをした。

「冗談じゃないわ!」

 女性の声がロビーに響き渡る。

「なによ、この女は!」

「僕の彼女の阿加井まどだ。君とはもう二年も前に別れたじゃないか、ツツジ」

「気安く私の名前を呼ばないで! あなたは私の全てを奪って去っていった! ようやくあなたの居場所を突き止めたと思ったら、女と温泉旅行? ふざけないで!」

「ふざけてるのはどっちだよ、ツツジ! 君とは終わったんだ! 帰れ!」

「あなたが音楽ライターをやっていられるのは、私があげた音楽の知識、そしてライター業界へのコネのおかげで、でしょう! 私が全部、お膳立てをしたのよ!」

「それはもう、昔のことだ」

 もう一度、平手打ち。青野さんの彼女であるまどさんはソファから立ち上がり、ツツジという女性につかみかかる。

 そこへ古池屋のスタッフが介入し、ツツジを押さえつける。だが、ツツジは、

「私もこの宿を予約しています。チェックインを」

 と、言う。宿のスタッフは躊躇ったが、変な気を起こしたらおかえり願いますよ、とかなんとか言い、チェックインはしてあげたのであった。

 それを見たアシェラさんは、

「旅行ってのはトラブルがつきものだね」

 と、肩をすくめた。

「まあ、そう言わずに。部屋で浴衣に着替えたら温泉に入りましょう」

「るるせんくん。君はなんていうか……鈍いよね」

「いや、楽しんでいますってば」

「楽しむ場面かい、これが?」

「サスペンスドラマでもあるまいし、事件なんか起こりませんよ」


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