第11話
11
パトカーに乗せられて、というか後部座席に押し込まれ、僕は痛みに呻きながらシートで横になってパトカーに乗り込むかたちになった。僕の横に寝そべっている身体を押して自分の場所を確保してから、アシェラさんも後部座席に座った。
運転手さんと、助手席の園田乙女警部。後部座席に、アシェラさんと、寝そべった僕。四人各々の席に着いたところで、パトカーは動き始めた。
園田乙女警部は、ガムを口に放り込むと、味気なさそうにかじりだした。右手には金属製で重そうなヨーヨーを持っていて、糸を垂らしてヨーヨーの本体を上げたり下げたりしている。
アシェラさんが口を開く。
「ここに張られた結界のことはわかるかい、園田くん」
園田警部が答える。
「確か……〈地域性の部外者を遠ざける〉術式、でしたか」
「そう。それが
「茨城県で
「呪詛返しなんてしていないさ。僕も、ここで狸寝入りして回復しようとあがいているるるせくんだって部外者ではない。るるせくんは、助川町の防疫隔離病棟にもいたはずだよ」
「資料では精神科病院の病棟、となっていますが」
「かつてサナトリウムの乱立地だった〈助川町〉よりも、僕に縁の深い〈十王町〉の方に捕縛されたみたいだね」
「捕縛? 道祖神術式の、ですか」
「そうだよ。〈重力場捕縛〉って言えばいいのかな。僕と、この十王町は引かれ合い、惹かれ合ったのだろうね。僕らは、土地の持つ重力に捕らわれたんだ」
「詩的な表現ですね。最初からそれは計算済みだったのではありませんか」
「そうだね」
「探偵。あなたはあなたのお父様と違う側面を持っている」
「
「そうです。蘆屋アシェラは〈元麻布呪術機構〉が呪禁師でもある。所属は元麻布呪術機構の若き精鋭が集まる〈奈落図書館〉。言い逃れはしない方が身のためです」
「園田くん、怖いなぁ」
「仕事、ですから」
「そう。今回〈奈落図書館〉からの依頼は」
「依頼? 指令、の間違いでは」
「依頼、さ。僕は〈元麻布呪術機構〉の内部の人間ではないから、ただの依頼に過ぎないんだよね」
「で、その依頼とは」
「この茨城県北部の〈病巣摘出〉さ」
「病巣……摘出」
「なんだ、警視庁の上司はなにも教えてくれなかったのかい」
「わたしの目的はつまるところ、タイムリミット内に白梅春葉、及び
「伊福部岳の野中もやいは怪盗だけど、今まで県警に任せておいたんじゃないのかい。あと、白梅も、なのかい。そりゃまたどうして。泳がせればいいんじゃないか」
「いえ。野中もやいが雷神であるように、白梅春葉は〈天狗〉です」
「青鬼と言ったり天狗と言ったりせわしいねぇ。青いんだか赤いんだか」
「このまま放置すると両者ともに、国民全体にとって脅威です。天狗の白梅春葉は、おそらくひとりきりで〈天狗党の乱〉以上、いえ、〈平将門〉の起こした〈
「天狗ってのは比喩表現ではないんだろう」
「もちろんです」
ふぅん、とアシェラさんは目を細める。
園田警部はガムをくちゃくちゃ嚙みながら言う。
「江戸の国学者、
「殺人鬼を殺処分するつもりなのかと思っていたけど、どうも、もっと複雑な事情があるようだね」
「この土地には〈疫病〉が蔓延っていますよね」
「ああ。だから僕が来た」
「これが……政府が仕組んだ……いえ、〈仕込んだ〉疫病鎮圧プログラムのモデルケースだ、と言ったら探偵、あなたは信じますか」
「疫病を鎮圧? 罹患した人々を殺すのかい」
「空間ごと
「手で絞め殺すことを扼殺と呼ぶけれど、空間を?」
「この時空からひねり潰します」
「それは園田くん……」
「〈燃え尽きた地図計画〉と、政府高官、官僚たちは呼んでいます」
アシェラさんは、顎に手をやる。
「燃え尽きた地図計画……か。で、公僕の君はどちらの味方なんだい? 僕らかい? それとも、政府かい?」
園田警部はヨーヨーをくるくる回して、あやとりのように糸で五芒星をつくる。
それを後部座席から見てアシェラさんは、
「どこまで行ってもこの国は祭祀国家であり、そして呪術国家……なんだよなぁ」
と、笑いをかみ殺した。
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