第12話

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 車内に据え置きしてあったボールペンとメモパッドを持って、アシェラさんはなにかメモをし始めた。確かに、今の園田警部の話はややこしい。メモでもしないとわかりそうもない。僕にはわからない固有名詞もたくさんある。回復したらアシェラさんに尋ねないと。

 アシェラさんは助手席でヨーヨーで遊んでいる園田警部に訊く。

「〈燃え尽きた地図計画〉のリミットっていつなの?」

 即座に園田警部は答える。

「三日後です」

「なんで三日後なんだい」

「知りません。都合が良いのでしょう。上層部の考えなんて、下の者には知らされないものが多いですよ」

「へぇ、それでよく命をかけられるねぇ。で、三日後にこの時空から全生物ごと消されるんだね。それは助川町と十王町の両方かな」

「そうです。隣接したこの二つの町が時空からひねり潰されます」

「大規模術式になるね。呪術や魔術ではなく魔法の領域だ。そりゃぁ発動をするにもそのくらいかかるか」

 アシェラさんはペンを走らせている。

「園田くん。白梅を武装解除するなり武力を行使して鎮圧するなり、これは〈燃え尽きた地図計画〉を邪魔する、って言うのが前提になっているよね」

「そうは説明されませんでしたが、考えてみれば言わずもがな、なのでしょう。野中に関しても同様です」

「いっそ疫病の人々を殺人鬼に殺してもらえばいいんじゃいのかな。そうじゃなくても三日後に時空からひねり潰して消滅させるって言うなら、白梅春葉を押さえつけるのはちょっと意味がわからない」

「意味がわからない、とは」

「意味がなさそうだよ、それ。だってなにをしたって全員消し飛ぶんだから。この土地は三日後、見放されて〈地図から燃え尽きて消える〉運命だろう。白梅も三日後、消滅するでしょ」

「そうですね」

「それに、さ。さっきの神社の惨殺体。ありゃ修験道者……しかも裏鬼道の者たちだろう」

「〈修験十六道具〉を装着していない軽装でしたけどね」

「たぶん、相手を侮ったんだろう。またはその一派には階級があって、道具を全員が装着するというルールがあるわけではないのかもね。また、例えば簡略式装備があって、さ」

「被害者たちを殺害した凶器については鑑識に回さないとなんとも言えませんが」

「〈仙砲せんぽう〉、……だったな」

「仙砲?」

「茨城県は太古より日本では辺境の地で〈神仙界〉があるとされた。仙砲は〈神仙界〉で学ぶ術式の技だ。要するに空気銃。神社で脳漿が弾けていた奴は仙砲を打ち込まれたんだと思うよ」

「自分で白梅春葉は神仙界から戻ってきた天狗だと言っておいてなんですが、茨城県には神仙界なんてものが実在したのですか」

「あるよ。少なくとも江戸時代の江戸に住む国学者たちも信じていた。だから、国学者の平田篤胤ひらたあつたねは茨城県から神仙界に連れて行かれて戻ってきた天狗小僧を養って、その小僧の話を聴くうちに、篤胤の思想には自分のフィールドである神道以外にも道教が入り込んだんだ。そのミクスチャーが、明治維新のときの復古神道に大きな影響を及ぼす」

「仙砲は、その神仙術の術式なんですね」

「神仙術ってのはそもそもは道教っていう世界観から来た術式なんだけどさ、その道教で言えば日本で一番の有名人は役小角えんのおづぬだな。でも、同時に役小角は修験道で一番有名な人間で、彼はまた、裏鬼道のキーパーソンでもある」

「探偵、もう少しだけお話を願えませんか」

「いいのかい、園田くん。君が指摘するように僕は元麻布呪術機構と取引をしている〈呪禁師〉だ。僕の呪禁に飲み込まれないように、ね」



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