第13話

13


 アシェラさんは手に持ったペンをくるくる回していて、それを園田警部は目を細めて見る。

「探偵。あなた、仙台から埋もれ木細工の香炉を購入してきて、誰に渡したのですか」

「園田くんが名前を出した、野中もやい、にだよ」

「へぇ。探偵は伊福部岳とかなり離れた場所にいましたよね。そこをパトカーで拾ったのでしたが」

「白梅春葉の目的はなんなんだい?」

「快楽殺人犯、でしょう? 己が快楽が目的なのでは」

「殺したいから殺す……か。まあ、そうだよね」

「確認を取るように言いますね、探偵。あなたがもしもわたしの友人、魚取漁子の友人でなければ、わたしはあなたの敵に回っていたでしょう」

「ふぅ。魚取くんは元気かい」

「思い出しますね、〈火宅二枚絵草子〉事件を」

「ああ、そんなのもあったね」

 パトカーは進む。砂利道を通り始めたのか、車内が揺れる。

 僕は横になりながら、あの奇妙な事件を思い出していた。

 園田警部が思い出したという、あの事件を。そうである。あのとき、僕は園田警部に出会っていた。




 学校の後輩の庭似二把ちゃんが、

「わたしの彼氏を紹介しますよー」

 と言って連れてきた男は、顔に翳りが見える神経質そうな人物だった。二把ちゃんの前の彼氏が鼻ピアスの金髪男だったことを考えると、ひとって、どんなひととお付き合いをするのか、わからないもんだなぁ、と思うのである。

 二把ちゃんは、茶髪で胸の大きな女性で、基本的にはいつもにこにこと笑顔を振りまいているので、そりゃ彼氏もすぐに見つかるってもんだ。

 この二把ちゃんは僕、成瀬川るるせの通っている高校の一歳下の後輩で、中学時代から少し親交があったのである。

 それがこの前、偶然街中で出会ってメールアドレスを交換して、また親交を持つことになったというわけである。


 ここは東京都杉並区浜田山にあるカフェ〈苺屋キッチン〉。僕の行きつけのカフェだ。僕は高井戸に住んでいるのだが、高井戸からは歩いて30分もしないで、浜田山に着く。僕は浜田山の〈苺屋キッチン〉で、よく原稿を書いている。ウェブ小説と呼ばれる奴だ。

 カフェに居座ってウェブ小説を書いていると、とても気分がいい。僕はいつも携帯ゲーム機を持ち歩いているが、時間があるとどこでもゲームをやっているだけではないのだ。

 だがウェブ作家とは言うけれども、僕が書いてる小説が、人気かというと、そうではないのが悲しいところである。

 ランキングのために書いているわけじゃないとはいえ、ちょっと悔しいときがある。

 それはともかく、その他、ひとと話をするときに〈苺屋キッチン〉を選ぶこともある。

 今日、僕は二把ちゃんとその彼氏との三人で、〈苺屋キッチン〉にいた。二把ちゃんが紹介したいとメールをしてきたので、会ったというわけだ。

「わたしの彼氏を紹介しますよー」じゃないよ、ったく。

 ウェイトレスが注文を取りに来る。

 アイスコーヒーなどを注文すると、ウェイトレスが、

「るるせ。そっちにいる男女は知り合いか?」

 と、ぶっきらぼうな口調で言う。

「そうだよ」

「似合わないカップルだな。それに、るるせと気が合うとは思えん」

「ってうぉい! 本人たちの前でなに言ってんの! かぷりこ、おまえ、なに考えて……」

 ウェイトレスの苺屋かぷりこは不平そうな顔で、

「文句のひとつも言いたくなる。鴉坂つばめや魚取漁子と連れ立って来るときのるるせはマゾっ気丸出しで面白いが、今日はちょっと先輩風をふかしてるように見えてな」

 と、男性口調で僕に言う。

「ま、ゆっくりしていってくれよ。探偵にもよろしくな」

 そこまで言うと、注文票を持って、腰まで伸ばしたロングの髪を揺らしながら店内奥に消える苺屋かぷりこなのであった。

 ニコリとする二把ちゃん。

「るるせ先輩ってマゾなんですか」

「違う!」

 全力で否定した。

「かぷりこの言うことは信じないほうがいい」

「かぷりこっていうんだ、あの娘。へぇー」

 二把ちゃんは面白がっている。だが、その横に座っている彼氏……骸川むくろかわは、微動だにしない。

 それはそれで、怖い。

「わたしたち、部活で知り合ったんですよ」

 二把ちゃんが、二人が付き合った経緯を話す。

 それはひどく普通で、学校生活を楽しんでいるそれであり、僕は二把ちゃんの話してる内容に劣等感を覚えた。

 しかし苺屋かぷりこにマゾだと思われてたんだな、僕は。違うのに。

 苺屋かぷりこ。ウェイトレス。

 苗字の通り、ここ、〈苺屋キッチン〉の経営主の娘であり、ここの看板娘。

 ぶっきらぼうな性格なので、同じくぶっきらぼうな魚取漁子さんと気が合う女の子だ。魚取さんは警備会社の警備員だ。〈苺屋キッチン〉の常連客で、僕も魚取さんに連れられてきて気に入って、ここに通うようになった。

 かぷりこは生粋の東京出身なので、東京の闇でうごめくモノには、詳しい。だから必然的に、蘆屋アシェラさんのことも、知っている。普段なにをしているのかさっぱり不明な彼のことを。

「るるせ先輩。骸川くんがどうしても先輩に頼みごとがあるって」

 僕はまたアシェラさんに用事なんだろうなぁ、と思って頷くと、

 骸川がカタカタ顔を震わせながら、

「お金、貸してほしいんです」

 と、言う。

「はぁ? お金? ないけど。またなんで貧乏人の僕に?」

 骸川は顎をカタカタさせながら話し出す。

「実はおれに、縁談が持ちあがっていて。卒業後すぐに結婚をしなくちゃならなくて」

 ややこしいことになりそうだな。僕はため息を吐き、頬杖をついて、カタカタ身体を震わす骸川に向き合った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る