第31話
三一
「アシェラさん、ここは十王町なんですか、助川町なんですか? 宮城県仙台市から福島県いわき市を過ぎて、電車を降りた場所は茨城県の助川町だったはずですが、十王町ですよね、ここ。それに、アシェラさんから渡された地図は十王町のものだった。最初から知っていたのですか、アシェラさんは?」
「るるせくん。まず、ここは十王町だ。宿泊する予定だったのも十王町。でも、僕は助川町に降りようとしたよ。常磐線上り列車の停車駅は、十王駅の次に助川町に止まる。電車のなかでは十王駅を通過したのは確認した。車内アナウンスで、次は助川町だというので、僕らは降りたんだ。降りたホームも助川町だった。だが、僕らは道祖神術式で重力場捕縛されたので、いつの間にかいた場所が〈すり替えられてしまった〉のさ」
「さっきから道祖神って言葉をさらりと使っていますが、そこから僕はわかりません。説明願います」
「日本には、血縁主義であった氏神信仰と、地縁主義であった産土神への信仰がある。両者はくっついてしまったし、現在は引っ越しなどにより、産土神と鎮守神が別、というのも一般的になっている」
「お、おぅ」
「さて。話は逸れて。日本の哲学者・吉本隆明が『共同幻想論』で論じた、共同幻想とはなにか。自己幻想、対幻想、共同幻想の三つの幻想があり、〈人間同士の公的な関係。国家・法律・企業・経済・株式・組合 などがこれに当たる。また、宗教は、個人の内面に収まる限りは自己幻想に当たるが、教団を結成し、布教を開始すれば、共同幻想に当たる〉と、ウェブの辞典には書いてある。ひとりの人間というのはこれらの領域ひとつひとつで、違った顔を見せるんだよね。共同幻想って、マルクス主義の言葉であり、共同幻想はマルクスの言う〈上部構造〉とだいぶ似た意味合いの言葉なのだけれども」
「話を戻してくださいよー、むずい」
「知っての通り日本では核家族化が進んで、ニュータウンと呼ばれる、〈おじいちゃんおばあちゃんがいない〉世代が生まれて、育った。この、親子だけの世代で構成されているのが〈核家族〉。現在は、すでにかなりの数の〈ニュータウン〉という〈団地〉は、高齢化が進んだ。子供たちがその地を去るからだ。核家族の、親だけ残ったり、子供がいても介護したり、逆に子供がひきこもりだったりなど、する。もちろん、今は終身雇用制なんて、ほぼないんだ。疑いようもなく〈共同体は幻想になった〉、すなわち〈共同幻想〉。話が逸れたね。……血縁主義は、この環境ではある意味では難しい。血縁者が地元にいない世帯が多いんだから。こうなってくると、伝統、トラディショナルなものは、地縁主義が担うことになる。氏神が自分の祖先神でなくても、〈産土神と化した氏神〉の、氏子に入って、地元のコミュニティに加入する、などが増えるだろう」
「は、はぁ」
「繰り返すと、血縁主義であった〈氏神〉信仰と、地縁主義であった〈産土神〉信仰。ただ、産土神と言った場合、生まれた場所のことと、その神を指すのだから、生誕地を、生まれ育った町のことを、考えながら過ごすことになるだろう。都会のひとは特に、望郷の念がありつつ、田舎には住みたくない、となるひとが多いので、住んでる町の〈地縁〉と、〈産土〉の両方を考えるだろうしさ。田舎に住むにしても、地元コミュニティに所属することが必要だし」
「で、肝心の道祖神ってのは?」
「〈土地の神〉が道祖神。氏神と産土神が混淆したので、そのどちらも兼ねている性格を持ったのが〈現代の〉道祖神だ、と再定義できるだろう」
「それに捕らえられた、と」
「そう。それの具体的な方法が重力場捕縛。この世界は三次元ではなく、十次元」
「話が飛びますね」
「僕らは四次元――――空間三次元+時間一次元――――の世界に住んでいると〈知覚〉により〈のーみそ〉が認識している。しかし、超弦理論では、この世界は空間九+時間一の十次元だ。認識できないだけでね」
「世界は十次元……」
「なぜ空間はほかではなく九次元と考えられるのか。理論的に整合するのは空間が九次元の時だからだ。その根拠となる不思議な数式の一つがオイラーによる数式による」
「…………」
「世界は十次元なのだが、僕らはそのうちの四次元のみが投影された〈膜〉の中で生きていると考える人もいるね。この場合、もし本当に十次元であれば、五次元、六次元を通ることで四次元世界でのワープが可能だ」
「そのワープの方法は?」
「それが重力子……グラビトンと呼ばれるもでの次元のすり抜けだ。
「えぇ……? 眉唾なのですが」
「まあ、そういう〈術式〉があって、実際に発動したから僕らはワープした、というだけの話さ。この重力子のワープ技術で僕らを捕らえたこれが重力場捕縛で、この道祖神術式のロジックさ」
「そのワープ、出来るならかなりなんでも出来るのでは」
「これは大規模術式の一種だ。時間をかけて用意して、それにターゲットがかかってやっと発動する。コスパもタイパも悪いよ」
「はぁ。でも、十王町の地図を持ってきていたというのは」
「助川町と十王町は二つで一つのセットの土地なんだよ。そして、こっち、十王町にも僕は用事があったんだよ、知ってるだろ。それで、ちょうどいいし、これから十王町の二十三夜様の儀式に出るわけだ。ただ、僕の目的は、茨城県北部の〈病巣摘出〉にある。それにはどうやら〈モガミ〉という神を鎮魂させなければならないらしい。そして、モガミに、裏鬼道のなんらかの意図が絡んでいるようだ。僕はこれから二十三夜様と呼ばれる儀式にお邪魔して、病巣の特定をしたい。たぶん、僕の見立てでは助川町に僕の目的の重要なピースがあるからね。この茨城県北部の、助川町と十王町。この病巣の摘出をミスったら、この二つの町は人々ごと、地図から丸ごと消滅する。責任重大だよ」
「この町に人って道ばたで全く見かけませんでしたが」
「それは人々が今日、二十三夜様の〈月待〉をしているからさ」
「月待?」
「そう。今夜は家で大人しくしながら過ごさないとならないのさ。そういう、民間信仰があるんだよ」
「へぇ」
「君も〈月待塔〉へ一緒に行くんだよ、るるせくん」
「は?」
「君の胸の傷が、癒えるかもしれないんだ。僕でも治せなかった傷が、ね」
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