第38話
三八
老人の「知りたいか」の声に、ため息を吐いて肩をすくめるアシェラさん。
「いや、やめておこう。知るのは辞退させてもらうよ」
「この状況が操られている結果かもしれないとは思わないのか、呪禁師」
「盤上の駒にされているとしたのなら、僕は盤上をひっくり返すよ、ちゃぶ台返しで、ね。だって僕は〈呪禁師〉だよ、爺さん」
歯ぎしりする老人。アシェラさんは構うでもなく飄々としている。この歯ぎしりでおびえたのはむしろ僕だ。だって鼻息荒く、暴力衝動を抑えているんだもんな、この老人だけでなく、この場にいるほかの老人たちも。きっと町の偉いひとたちなんだろう。面目が潰れて腹を立てているのは明白だった。
「訊かなくていいんですか、アシェラさん。情報は持っていた方がいいのでは」
「それを僕らが知ってこのお歴々がどうしたいかというと、政府と僕らをぶつける気なんだろう」
「政府と僕らをぶつける?」
「政府のトップシークレット級の〈見せたくない情報〉なんて知ってどうするのさ。僕らが無駄な正義感を燃やして政府につっかかかっていくか、情報を知っていることを知った政府が僕らを消しにかかる展開だけだろう」
「たしかに」
「くだらないね。それよりもさ、天一天王様」
「なんだ、呪禁師」
牛頭は応じる。牛頭は冷静な声だ。
「天一神と牛頭天王が習合したのがあなたなら、何故、裏鬼道の連中は牛頭天王ではないほかの疱瘡神を上座に据えて、旗印としているのですか」
「無礼にも程があるぞ、若造がッ!」
老人のひとりが怒鳴る。
「良いではないか、頭に血を上らせるでない。今夜が平穏に夜を過ごす〈二十三夜〉なのを忘れたのか」
牛頭に言われて顔を真っ赤にして頭を下げる、さっき叫んだ老人。
アシェラさんは今のやりとりを構わぬ風に言う。
「術式で人払いして鬼道は助川町から僕らを遠ざけたみたいだよ。だから、僕らはこの十王町にまっすぐに到着していることを考えてみるとさ。助川町……つまり、
「その前に、おぬしらは己を知ってもいないようだがな。特にそこの赤熊よ」
「しゃ……ぐま? って、僕のこと? 赤熊って僕のことなんだろうなぁ。はぁ」
ため息も出るよ。
「どうやら自分の名前も言えないような飼い犬になったか。ふははははは、オンナオトコとはよく言ったものよ」
「だからさっきからなんなんです、みんなで僕をオンナオトコだのなんだのと。あと、よく言ったものよ、ってくだりは女性に失礼ですよーっと」
牛頭は言う。
「〈
「ササラ……ねぇ」
と、アシェラさん。
「ササラを知っているので?」
と、尋ねる僕。
「一般的な意味合いに於いては、だね。地域性を考慮するとさっぱりだ。十王町と助川町。茨城北部のこのふたつの町は〈常陸国〉のなかにある町なんだけど、同時に〈水戸藩〉でもある。呪術案件は常陸国を参照しないとならないけど、この水戸藩でササラなんていうものに一枚嚙んでいそうなのは水戸光圀だよなぁ。面倒だ。どのくらいの年代の話に焦点を合わせていいか、僕にはわからない」
ぐははははは、と牛頭はうなり声で嗤う。
「喜べ呪禁師。裏鬼道衆が歴史の〈表〉に現れるとき、それはいつもこの国の歴史の転換点のときだけだ。滅多に観れる光景ではないだろう、今のこの二十三夜も含めて、な」
「会議というよりは、今夜は僕らを待ち構えていたってのが本当のところなんだろうけどね」
「その通り」
「話を戻していくけど、まずさ、裏鬼道の連中が上座に据えて、旗印としている疱瘡神——モガミ——は、助川町の助川館に行けば、わかるのですね」
「そう言っておろう」
「それから、白梅春葉から受けた傷を治してほしい。そっちのオンナオトコくんが痴情のもつれで女性に刺されてね」
「嫌な言い方をしないでください!」
「白梅春葉と〈ドチリナキリシタン〉の関係性も知りたいし」
「あ、なんかその言い方じゃ僕の傷を治すのがついでみたいじゃないですか、アシェラさん!」
「ついでだろうよ。一生痛がってりゃいいんだよ」
「なんてこと言うんだこのひとは」
「好きな女性に刺されて死ねるのなら本望だろう」
「痴情のもつれではないですからね!」
「好きだ、ってことについては否定しないんだね」
「そりゃそうなんですけども」
「るるせくんの色惚けには困ったものだよ」
「どうせモテるアシェラさんにはわからない悩みですよーっと」
「おやおやおや逆ギレかい」
「そっちこそ」
なんで僕はこの月待塔っていうところに来てまでこんなやりとりをしているんだろうか。でもこれは、少しずつ本調子が出てきた証拠かもしれない。
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