第33話

「で、どうよこの人混みは」


 隣でうんざりな表情を浮かべる姫にそう聞かれ、俺は思わず苦笑いをする。


「えーと、すごいね」


「すごいよねー」


「久しぶりに来たけどほんとすごいね! 怪しいお店ばっかり!」


 どこか遠い目をしている姫とは対照的に、白崎は目を輝かせている。


 白崎とは違う意味で目を輝かせている俺らは……。


「ねえ、ユリ。どこ行きたい?」


「えーと、そうですね。あそこのエッチなティーシャツを売っているお店に行きたいです!」


「ちょっと待て待て待て」


 勇敢な一歩を踏み出す俺の腕を、姫の手が掴む。


「あんたら危なっかしすぎるからダメッ」


「えー大丈夫だよ」


「危ない人もいるからっ」


「みんな良い人だよ」


 俺と姫の綱引き。それを傍から楽し気に見ていた白崎は、どこか遠い目で俺を見て諦めたように笑った。


「良いんじゃない? 二人で行動させて」


「はぁ? こんな純粋の塊みたいなやつら放っといたらどんな目に遭うかわからないでしょうが!」


「まあまあ、姫ちゃん、ちょっとちょっと」


「ん?」


 白崎の手招きに素直に応じた姫は、耳打ちの後にうーんと唸った。


「まあ……良いか」


「良いの?」


「まあ、ね、その代わり要あんた、下手な真似しないでよ⁉」


「はいはい、わかってるって」


 一体白崎と姫の間でどんな話が交わされたのか、知るよしの無い俺はスマホの画面を見た。


「じゃあ、行こうか」


「はいっ! マスター」


 普段はユリのマスター呼びを誰かに聞かれないようにしている俺だが、今はそれを気にする気になれない。


 俺を取り囲む非日常の全てが、俺の視界と思考をジャックするからだ。


「すごい! ユリ見てあれ!」


「えっ⁉ どれどれ⁉」


 忙しなくスマホを振り回す俺は、他の人から見れば少しはしゃぎすぎな田舎者に見えるだろう。


 しかし田舎者どころではない、俺は異世界から来たんだ。


「ユリ」


「はい?」


「あれが居酒屋だよ」


 土曜日にしても今は昼間だ。一瞬時間を錯覚してしまうほどその居酒屋は外のテーブル席まで一杯に埋まっている。


「あれは、皆さん何をしているんですか?」


「皆お酒を飲んでるんだよ」


「何で皆お酒を飲みたがるんですか?」


「うーん、俺もよくわからないんだけど」


 俺はお酒があまり強くない。一、二杯飲めば充分酔ってしまうし、もうそれ以上いらない。


 だから、そういった飲みの席特有の空気が少し苦手でもある。


「楽しいから、じゃない?」


「私ももっと楽しくなりたいです! お酒……作ってもらうので、マスター! 入ってみてください!」


「えぇ」


 お酒を作ると聞いて疑心暗鬼になってしまうが、ユリのスマホを作った人たちだ、そんなもの簡単に作ってしまうだろう。


「ユリはまだ飲んじゃダメ」


「何でですか?」


「えっと、上手く説明は出来ないけど」


「お兄さーん!」


 すると、俺に矢印を向けた声が聞こえてきて、俺は反射的に振り返る。


「今ならドリンク全部三百円ですよ! どうですか?」


 人でごった返している通り、まだ僅かに外のテーブル席が残っている居酒屋の若い店員さんが、俺に手を振っている。


「うーん」


「じゃあ、フード一品無料! どうです?」


「まあ、いっか、入ってみよっか」


「はいっ! 楽しみです!」


『ガシッ』


 そのお店に入ろうとしたそのとき、俺は何者かに力強く腕を掴まれた。

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