番外編「壁紙少女ユリの視点②」

第46話

 あなたの驚く顔が目に浮かんで、思わずにこにこしてしまって、気付けば歩道の端から端までふらふらしながら移動していました。


 我に返ったときにサラリーマンらしき男性の革靴が目に飛び込んできて、咄嗟に避けましたが、大切なボディに少し埃がついてしまいました。しかしこれは、これからあなたの優しさを目の前で見られるチャンスだと思いたいです。


 マスターを私に夢中にさせるため、インターネットで恋愛の必勝法を見つけたのは今から約半月前のことです。


 必勝法。必勝法ですよ? ただ事ではありません。4Gが5G回線に変わったことくらいただ事ではありません。革命的です。


 保守的ではいられないのです。私の人間性は自覚出来るほど、そしてもう取り返しのつかないくらい大きく、ともすれば醜く成長してしまったのですから。


『恋は押し退き!』


 思わず、おぉ、と声が漏れました。


『押すだけの恋は小学生まででやめて!』


 小学生も恋愛をすることに驚きました。てっきりこの感情は、未熟と成熟の間でしか経験出来ないものだと、何故か漠然と思っていたものですから。


『相手があなたを気になり始めたとき、新しいあなたを見せてあげれば、その魅力は何十倍にも膨れ上がります!』


 何十倍……この際具体的な数字を用いた説法は必要ありません。


 私に必要なのは自信でした。根拠でした。それ以外何も求めていませんでした。


 時間が無いのです。


 私の恋は拙すぎて、このままでは決してあなたに届くことは無いと直感してしまったからです。


 姫さんに押し倒されて、赤面するマスターの顔が今でも脳裏に焼き付いて離れません。


 ああどうか。


 どうか期待しないでください。でもひっそりと期待していてほしいです。


 奇麗だと言ってほしいです。その一言で人生が決まるような気がします。


 あと一か月半。


 残された時間の短さを嘆くことはもうやめました。たまたまタイムリミットを知覚してしまっただけだと思って、開き直りました。


 ああ、あなたが心の底から笑った顔が見たい。


「着いた」


 あなたの住んでいるアパート。一階のあの部屋。そこに等身大のあなたがいる。


 そういえば、私を見て驚いたときの罰ゲームを決めるのを忘れていました。


「まあいっか」


 開き直りの天才である私はまた移動を始めました。


 ボディに付いた埃を落とさないように、慎重に移動し始めました。

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寝取られのせいで恋愛恐怖症になった俺に、PCの壁紙美少女が滅茶苦茶に求愛してくる話 渋谷楽 @teroru

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