第39話

 静寂のせいで心臓が跳ねる音がいやに鮮明に聞こえる。その音を意識すればするほど、ユリの表情や仕草から目が離せなくなる。


 これはどういう感情だったっけ。


 ユリは人差し指で口元を隠している。


 この感情に関する記憶が次々に湧き上がってくる。


 一瞬目が合ってすぐに逸らしてしまう。


 俺は、君と出会ったときのことを思い出す。


「修司~! どこだ~!」


「!」


 そのとき、完全に酔っぱらっている姫の声で現実に引き戻される。


「姫?」


「んあ?」


 反射的に名前を呼んでしまい、俺たちのいる路地裏を通り過ぎようとしていた姫と目が合う。


「あっ」


「あっ⁉」


「姫、だいじょ」


「ユリちゃんは⁉ 大丈夫⁉」


「へっ?」


 姫は明らかに酩酊しているが、その目はあくまで真剣そのものだ。


「姫ちゃんね、ユリちゃんを元気づけるにはどうしたら良いか、知らない人にまで聞いたりしてたんだよぉ」


 姫の後ろの白崎がそう言って笑う。


「おかげでセクハラされそうになったけどね」


「あのときの目は怖かったよぉ」


「で、ユリちゃんは? 大丈夫?」


 ぼーっとしていたユリだったが話を振られてハッとする。


「あ、えっと、大丈夫です。さっきは、その、らしくないことを言ってしまってすみませんでした」


「らしいとか、らしくないとか、そんなのどうでも良いの。クソくらえなの。それも含めて全部君なんだから。ただ、嘘はついてほしくなくて」


「姫さん……」


「もう終わっていいとか、まだ若いんだから、そんなこと絶対言っちゃダメ。何があっても、私たちが絶対味方になるから。何でも相談してよ」


「……はい、ありがとうございます」


 姫の言葉が胸に響いたらしいユリは目尻をそっと拭う。かく言う俺も姫の言葉に思い当たることがあって、胸がズシンと重くなる。


「ちなみに今の全部さっき教えてもらったことね」


「あんたはいつもいつも……!」


「わわ、やめてやめて。それより二人とも、終電大丈夫?」


「「……」」


 沈黙の後に顔を見合わせた二人は、同じタイミングでスマホを見る。


「私、あと五分」


「私はもう出ちゃったぁ」


「まじか」


「終電? が無いとどうなるんですか?」


「家に帰れなくなっちゃうんだよ」


「ええ⁉ 家無しですか⁉」


「そういうことじゃなくて、とりあえず今晩泊まれるところ探さないと」


 俺の言葉を聞いて姫と白崎は咄嗟に財布を確認し、二人揃って泣きそうな目で俺を見た。


「お金、無い」


「わ、私も」


「ま、任せて! 今日のために貯めて……」


 かく言う俺も、財布を確認して泣きそうな顔をしたのだった。


「一泊一部屋って、何円だっけ」


 妖しいネオンの明かりとピンク色の看板が、行き場のない俺たちを手招きしていた。

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