第27話
「あ……おはよう」
改札を出てすぐのところ、髪の毛をいじっていた白崎と目が合う。
「おはよう」
「ごめんね。急に」
「ううん、大丈夫」
「マスター、本当にドラマのワンシーンみたいですよ」
左耳に付けたイヤホンからユリのそんな声が聞こえてくる。
「昨日、ごめんね。あんなの見せちゃって」
「いやいや、白崎さんも大変、だったね?」
どう聞けば良いのかよくわからなくて言葉尻が萎んでしまった。
「ふふっ、うん」
白崎は口に手を当てて見た目の通り清楚に笑い、どこか透き通った目を俺に向けてきた。
「大変だった。でも、良かったこともあるよ」
「あなたともう一度出会えたこと、とかですかね? マスター」
「黒部くんともう一度こうやってお話出来たから」
「きゃー! ニアピン! ニアピンってやつですよマスター! 人生初ニアピン! こんな感覚なんですねっ」
ひっっっっじょうに左耳がうるさい。無意識に口角がぴくついてしまう。
こんな事態になってしまったのは今朝ユリに駄々をこねられたからだ。
『マスターを取られたら生きていけません』
『でも、マスターがまた誰かを好きになる手助けがしたいです』
『でも、でもでも……うーん、マスター! 私も連れて行ってください!』
ユリにその気が無くとも、既に検索履歴を人質に取られている俺に拒否権は無いのだった。
「そっか」
「……うん」
俺は恋をするのが怖い。
人の気持ちというのはすぐに移ろいで、簡単に裏切られてしまうから。
「な、何か言ってほしいな」
「えっ」
悩んで悩んで悩み抜いて、何の因果か人格を持ったユリに出会えた。
それで多少救われた気になっていたけど、やっぱり辛いな。
「ねえ?」
そうやって君はまた、俺を置いて先へ行くんだね。
「マスター? 聞かれてますよ?」
「……うん、俺も嬉しいよ。ずっと、ちゃんと話したいと思っていたから」
「そっか、へへ、嬉しいな」
それから、変な沈黙。スーツを着た人や学生っぽい人たちにチラチラと見られるが、不思議とあまり気にならない。
「ね、今日お弁当作ってきたの」
「え? うん」
「良かったら今日、一緒に食べない?」
俯き、両手を強く握り締めて、一生懸命な白崎の口から藪から棒な提案が飛び出す。
「そうだね。皆で食べよう」
「……うん」
「たぶん姫も、ちゃんと話したいって思ってるよ」
「うん」
「ほら、昨日話したユリって子も、白崎さんと話したいって言ってたし」
「私そんなこと言いましたっけ」
「そういうことにしてくれ……ね? そうしよう?」
少しの沈黙、そして、次の瞬間俺は目を見張った。
「そう、だね」
白崎の頬から大粒の水滴が零れ落ちる。
泣いて、いる。泣いている。
「白崎さん?」
「うん、ごめんね」
「マスター! これは一体どういう?」
「……白崎さん」
「マスター?」
俺は白崎の手を掴み、出来るだけ真っ直ぐその涙目を見つめる。
「ごめんね。二人で話そう」
「え、マスター⁉」
「……うんっ」
白崎は俺の手を握り返し、涙を拭きながら無邪気に笑った。
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