第19話

「体調はどうですか?」


「うん、だいぶ良くなったよ。ありがとう」


「別に、感謝されるようなことはしていません」


「姫に連絡してくれたんでしょ?」


「……」


 それを隠したのは単に照れているからなのだろうか。ユリの思惑はともかく、俺の口角は自然と上がっていってしまう。


「苦渋の決断でした」


「ふーん、もう俺のこと嫌いなんだ?」


「いやっ、そうではなくて! ライバル、なので」


「うんうん、そうだね」


「何だか調子が良さそうですね」


「いっぱい美味しいもの食べて、いっぱい寝たからね」


 俺がそう言うと、スマホから「むぅ~」と可愛い声が聞こえてくる。


「私だって、料理は……」


「無理かな?」


「投げつけて届くかどうか……」


「いけたとしてどうやって受け取るのさ」


「それは、頑張ってください」


「なんだそれ」


 スマホから聞こえてくる可愛い声を聞いているだけで、心がスッとどこかに着地して落ち着いていく。


「ねえ、ユリ」


「はい」


「昨日は、ごめんね」


「……と言うと?」


「え?」


「それは、何に対してのごめんですか?」


 やっぱり、ユリは怒っている。それでも俺のために動いてくれたんだから、本当に心の優しい子だと思う。


「昨日、疲れてるからって冷たい態度取ってごめん」


「それも、そうですけど」


「え」


「私のこと、彼女に出来ないって言われて、とてもショックでした」


「えっと、それは」


「生まれてから一番のショックでした。私の魅力が無いから、仕方ないことなのかもしれませんけど」


「違うんだユリ。聞いてくれ」


 そう言って俺は、無意識に身体を起こしていた。


「ユリは高校生っていう設定だから、一応成人してる俺がユリと付き合ってるってなると世間の目が冷たいんだよ」


「……調べます」


 それから数十秒後、「う~ん」と唸る声の後に、「うん!」と吹っ切れたような声が聞こえてきた。


「私は全く気にしません!」


「だからぁ、話聞いてた? そうなると俺が辛いんだよ」


「う~ん?」


「人間は社会性の高い動物だから、集団から除け者にされると生きていけないんだよ。ユリ、俺が浮浪者になったら悲しくない?」


「悲しい、です」


「でしょ? ユリのことが嫌いなわけじゃないんだけどね、そういう事情があるんだ」


 かと言って今すぐユリを大学生に! っていうのも無理な話だ。性格、話し方、容姿、どれを取っても疑われる要素にしかならない。残念ながら。


「わかりました。その話は一旦保留しておくとして」


 後で掘り返されるのか。


「姫さんも言ってましたけど、あなたは優しすぎます。悪い人に付け込まれますよ?」


「うーんそうかなぁ、ちょっと気を付けた方が良いのかな?」


「少なくとも、危険そうな人をああやって自分のパーソナルスペースに招き入れるのはやめた方が良いと思います」


「ユリ、今日は真面目だね」


「マスターがなんだかふわふわしているから、代わりにです」


「そかそか、ありがとう。これから気を付けるよ」


 ああ、こんな時間が一生続けば良いのに。あと三か月だけだなんて短すぎる。


 俺はその間に変われるだろうか。


 もう一度、誰かを愛せる自分に。


「ねえ、ユリ」


「はい?」


「……そろそろ、もう一回寝るね」


「はい、私の夢、見てくださいね」


 それは無理かな。会って、何を話せばいいのかわからないから。


 拒絶されて、傷つくのが怖いから。


 眠ることに必死になっていた俺は、姫から続けざまに二、三件メッセージが送られてきたことに気付かなかったのだった。

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