第18話

「うっぷ」


「で、どうだった?」


 テーブルに並んだ十数個のありとあらゆる料理、俺はそれら全てを平らげたが、姫の目のギラつきは消えない。


「全部、凄く美味しかったよ」


「いや、そうじゃなくて」


「どっちの方がより美味しかった? 黒部くん」


 白崎の、一見すると裏表の無い清楚な笑顔に脅迫され、俺は何とか息を吸い込む。


「えっと、どっちも、百点」


「「……」」


 二人の冷たい視線は見て見ぬふりして、俺は愛想笑いを浮かべる。


「ま、そうなる気はしてたけどね」


「まあね~、黒部くん優しいから」


「いやぁ、あはは」


 次の瞬間、姫にギロッと睨まれる。


「えっ、どしたの」


「いやほんとに、あんた優しすぎ」


「え?」


 そして姫はそのまま白崎に視線を移す。


「自分のことあんなひどい振り方した相手のこと、普通こうやって家に上げないでしょ」


「えー? 私お邪魔虫?」


「だって、わざわざ講義休んでお見舞いに来てくれたんだし、どんな人でも無下に出来ないよ。それに」


「それに?」


 次の一言を言うのは少し恥ずかしくて、いつもより勇気を振り絞った。


「すごく寂しかったから。一人でも多い方が賑やかだし、嬉しいし」


 それから、「今日はほんとにありがとね」と付け足すと、姫は少しにやけた後に俯き、白崎は口を隠してそっぽを向いてしまった。


「ほんと、無防備だよねぇ、黒部くん」


「無防備?」


「うん、自分の部屋にこんな猛獣二匹誘い込んで、そんな無邪気に笑わないでしょ、普通」


「まあ、可愛いよな」


「かわ……?」


「そう、わかる! すっごく可愛いの! 姫ちゃんもわかる⁉」


「ベタベタすんな! お前なんかと共有したくないっての!」


 少し前までと打って変わって、やいのやいのとじゃれ合う二人を見ていると自然に笑みがこぼれる。


「あの、この際だからちゃんと言いたいんだけど」


「え?」


 白崎はそう言って正座をし、真面目な表情で俺を見る。


 その突拍子もない行動に呆気に取られると、姫も同じ感情だったらしく目が合った。


「私、本当に黒部くんのことが好き」


「……」


「あの人と付き合ってみて、改めてわかったの。黒部くんの優しさとか、何気なく気遣い出来るのがどれだけ凄いことかって」


「白崎さん……」


 白崎は目尻を下げ、少し悲しそうな表情で俯く。


「まあでも、男らしさとかエッチとかはあの人の方が上なんだけどね。やっぱりそれ以上の魅力があると思う」


「……」


「お前一回マジでぶん殴るぞ?」


「ひえっ、待って待って、こんなこと言いたいわけじゃなかったんだけど、そのぉ、黒部くんにはそれ以上の魅力があって、私はそれをわかってるって伝えたくて」


「そんなの私もわかってるっつーの!」


 直後、ハッとこちらを振り向いた姫と目が合う。姫は口を引き結んでチラチラと目を泳がせると、その表情のままスッと立ち上がった。


「今日は、もう帰る。修司も大丈夫そうだし」


「え、そう? じゃあね姫ちゃん」


「お前も帰るんだよ!」


「えー?」


「えーじゃない。これ以上病人の部屋にいても邪魔になるだけでしょ」


 どうやらもう帰ることにしたらしい二人は、目にも止まらぬ速さで片づけを済ませ、荷物をまとめた。


「修司、今日は騒がしくしちゃってごめんね」


「ううん、楽しかったよ。料理もごちそうさま。明日は行けると思うから、そのときお礼させて」


「……うむ」


「黒部くーん、最後に久しぶりにちゅ、しよ?」


「おい行くぞ淫乱女」


「やーんひどーい。ス〇バ行く?」


「行くわけあるかぁ!」


 賑やかな二人の背中を見送っていると、くるっと振り返った白崎と目が合った。


「……ごめんね」


「っ!」


 小さく、本当に小さくそんな声が聞こえた気がした。


 バタン、と部屋のドアが閉まる音がすると、一気に肩の荷が下りたような気がして大きなため息をつく。


「元気出た、けど、ちょっと疲れたな」


 いそいそと布団を被り、目を瞑る。


 ああ、ユリの声を聞いて安心したい。


 そんなことを考えながら眠りに落ちていった。


◇   ◇   ◇


今は何時だろうか。部屋が真っ暗だ。


寝返りをうつと、目の前にスマホがあった。


何故か、ユリが今起きているのだとわかった。


「ユリ、おはよう」


「……おはようございます」


 不機嫌そうな声でも、まるで柔らかい綿に全身を包まれたように心が軽くなっていくのがわかった。

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