第17話

 白崎の声がインターホン越しに部屋に響いて、俺と姫は硬直してしまう。


 何故、どうしてここに?


「もしかして、姫」


「呼ぶわけないでしょ! あんな女、顔も見たくないっての!」


『ピンポーン』


「大丈夫ー? 友達に聞いて来てみたけど、救急車呼んだ方が良いかなぁ?」


「あー、もうっ、出るわよ。良い?」


「うん、そんで、入れてあげて」


「は? 何で」


「わざわざ、来てくれたんだし」


 姫は渋々といった様子でよっこらしょと立ち上がり、玄関に向かう途中でクソデカ舌打ちを鳴り響かせた。


「……はい、何?」


「えー! 何で姫ちゃん⁉ 久しぶりー!」


「そういうのいいから……したら、マジで……るよ?」


「えーこわーい。黒部くん、お邪魔しまーす。体調どう?」


「姫のおかげで、良くなってきたよ」


 白崎の背後に張り付いている姫の顔、鬼を越えた殺人鬼のような表情をしているが、大丈夫か?


「そかそか。差し入れ買ってきたから、食べて?」


 コンビニの袋を無遠慮にドサッと床に置き、枕の横に鎮座する。すると、テーブルに置いてあったおかゆもどきに気付いたようだった。


「何これー? 食べ物ー?」


「チッ」


「白崎さん、姫に失礼だよ」


「えー、でも、こんなのより絶対私が作った方が美味しいと思うけどなー。ね、お腹空いたでしょ? プリン食べる?」


「おい、お前」


 そのとき、姫が白崎の襟首を掴み上げた。


 鬼の形相の姫、対してあくまで笑顔を崩さない白崎。


「何しに来た?」


「何って、黒部くんの看病だよ。わからない?」


「修司のことを傷つけたお前が?」


 姫の手にさらに力がこもったのが傍目からでもわかった。


「どうしようが私の勝手でしょ」


「お前のその自分勝手で、どれだけの人が傷ついたと……!」


「自分勝手なのは姫ちゃんの方だよ」


「は?」


 白崎の笑みにさらに凄みが増す。


「黒部くんと付き合う前、姫ちゃん、私のこと応援してくれたよね?」


「……それは」


「要するに、別に黒部くんのこと好きじゃないんでしょ?」


「っ!」


 姫は俺のことをチラッと見る。


「別に、好きじゃないけど」


「じゃあさ」


 白崎は姫の手首を掴み、ギリギリと締め上げる。


「これは私と黒部くんの問題だよね? 部外者は黙ってて、ね?」


「……」


 マズい。姫は明らかにブチギレているし、その状態で暴れてしまうと手に負えなくなる。高校の頃も趣味を馬鹿にしてきた陽キャにキレて椅子を振り回し、学校中の男教師が集合する事態になったことがある。


 もしそうなったら、この部屋の家具全損くらいでは済まないだろう。


「お前、そこまで言うってことは覚悟出来てるんだろうなぁ?」


「はいはい。どうせ殴れもしないくせに」


「この野郎……!」


「あ、あーなんか! お腹空いたなあ」


「は?」


 姫の冷たい視線が突き刺さる。


「なんか、元気出てきて、何か食べたくなってきたなあ。何か作ってほしいなあ」


「あんた、そんな状態でそんな食べれるわけ」


「だってさ、姫ちゃん」


「あ?」


 白崎は姫の手を振り払い、スッと立ち上がる。薄く開いた目の奥から決意の炎が燃えているのが見える。


「黒部くんのことが大事なら、いつ何時も要望に応えてあげなきゃねぇ?」


「……そういうことね。受けて立とうじゃないの」


 バチバチと視線の火花が飛び散って熱いが、物理的に取り返しのつかない状態になるより遥かにマシだ。


「修司」


「はいっ」


 姫は鋭い目つきで俺を見下ろす。


「自分で言ったんだから、責任持って私と要の料理、全部食べなさいよ」


「はいぃ」


 俺は考慮していなかった。姫の義理堅さ、白崎の負けん気、そして、俺自身の胃の大きさを。


「ちょっと、そのお皿使わないで、洗うの大変だから」


「姫ちゃん、そこで良い女アピール? 料理に自信無いのかなぁ?」


「てめぇ、二度と偉そうな口利けねえようにしてやるからなぁ!」


 まるで輩のようにやり合う姫と白崎を見て、俺は束の間の平和を味わうようにほっとため息をついた。

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